(2)「完ぺき症」:拒食症の人は何事も完ぺきをめざす(佳奈 16才 高一 拒食症歴2年)

摂食障害(拒食症)のカウンセリング治療は、淀屋橋心理療法センターにある「摂食障害専門外来」で行っております。
大阪府豊中市寺内2丁目13-49 TGC8-201(06-6866-1510)
(TEL:06-6866-1510 www.yodoyabashift.com/)

1.ダイエットで体重にこだわりだし「拒食症」と診断

中学2年生の頃、佳奈さんは「クラスに細くてかわいい子がいる。私も道江みたいになりたい」と言い出してダイエットを始めました。体重が減ることがうれしくて、毎日量っては母親に報告にきます。「きょうね47キロgだったの。ダイエット始めてから一月だけど、3キロやせられたの。すごいでしょ」と笑顔で自慢します。佳奈さんは身長158cmですから、標準体重は53.2kgです。それからするとやや細いということがわかります。

それから3ヶ月がたちました。最初の体重からすると12kg減り38kgまで落ちました。だんだんやせ細っていく佳奈さん の体。それでもダイエットでカロリーの低い物しか食べようとしません。「もうそれくらいでやめといたら」という母親の声は疎ましいとしか思えないようです。母親は心配のあまり佳奈さんを近くの心療内科へ連れていきました。そこで「拒食症のうたがいがあります」と診断され、2年間治療を受けていたということです。

2.目標体重を完ぺきなまでに守ろうとする佳奈さん「100g増えても許せない!」

母親は次の二点で佳奈さんの対応に手を焼いていました。

  • どうしたらこのカロリーの低い物しか食べない状態にブレーキがかけられるのか。
  • 少しでも体重を増やすことができるのか。

佳奈さんは「38kgなんてまだまだ太ってるわ。私の目標体重は35kgなの」と言って、母親の言う事にはまったく耳をかそうとしませんでした。

一週間ほどして佳奈さんはちょっとしたパニックを起こしました。「お母さん、どうしよう。体重増えてるよー!」と、風呂場から佳奈さんの叫ぶ声がします。母親はびっくりして飛んでいきました。「体重がふえてるよー。100gもふえてる。もうこんな太った体は私じゃない」と泣き叫んでいます。どうやら体重が38.1kgになっていたようです。

体重が100g増えたからといって、見た目にどれほどの差があるでしょうか。おそらくどこも変わりはないでしょう。しかし拒食症の人からすれば、それはぜったいに許されないことです。一週間まえ佳奈さんの体重は38.0kgでした。これは自分が許している最高の数値です。それが38.1kgになっていたというのです。「そんな100g増えたところでだいじょうぶよ、誰もわからないって」と、母親はなだめます。しかし拒食症の佳奈さんにしてみたら38.0kg以上になるといいうことは、『生きてる値打ちがない』と宣告されたのと同じような意味を持っています。だから「太ること」が恐いのです。「どんなことがあっても38.0kg以上にはならないぞ。そんなみっともない体にはぜったいになるものか」と、必死の思いで38.0kgの体重にしがみついてきたのです。

3.大阪にある「摂食障害(過食症・拒食症)専門外来」を見つけた母親

「体重が38.1kgってわかったとき、『もうだめ、私は生きてる値打ちがない』って。自分が自分でないような感じになってしまったの。バラバラやね、なんでかわからないけど」と、パニックが落ち着いてから佳奈さんは母親にこう話しました。

この時点で母親は子ども本人への治療だけでなく、時間をかけてじっくり話しを聞いてくれ親にもにアドバイスをくれるカウンセリングが必要だと感じました。インターネットで検索したところ、淀屋橋心理療法センターに拒食症の専門外来があることを知りました。

4.「食べなさい」「体重増やそう」の話しはお休みにしましょう

拒食症専門外来の福田ドクターは精神科の医師ですが、カウンセリングで拒食症の患者さんを40年間も治療してきま した。これまでのいきさつをくわしく聞いて、母親に次の二つの課題をだしました。

  • 課題1:佳奈さんに『食べなさい』とか『体重をふやそう』とする話しは、しばらくしないでおいてください。 お母さんがご心配なのはわかりますが、今の佳奈さんには効果がありません。
  • 課題2:なぜ佳奈さんは38.0kgの体重にこだわるのか、どこにその理由があるかを聞き出してください。ダイエットから体重が減る喜びはすでに話されています。しかしなぜそんなにまで低体重にこだわるのか。 必ずその子にはその子なりの理由があるはずです。これを聞き出してください。

「この二つの課題はふだん佳奈さんに接しているお母さんにしかできない課題です。これがわかればカウンセリング治療の糸口が見えてくる可能性がありますので、ぜひお願いします」。

5.「勝てることが体重でしかなかったの」と母親に打ち明けた佳奈

母親は福田ドクターから出された課題を考えていました。「佳奈が体重にこだわってるのはなぜか。『細くなりたい、クラスの道江みたいにスマートになりたい』って言ってたけど。それじゃないのかしら。まだそれ以外に奥の理由があるのかしら」と、考えてもわかりません。そこで母親はできるだけ佳奈さんがよく話す学校であったことに集中して聞く事にしました。「佳奈の話しのなかになにか低体重にこだわる理由があるかもしれない」と、思ったからです。

母親はそのころの会話の様子をくわしく福田ドクターに話しました。以下はその会話一部分です。

母親:佳奈ちゃん、こないだパニックになったときしんどそうだったね。学校でだいじょうぶ?(やさしく聞きました)

佳奈:38.1kgっていうのわね、私にとって『生きてる値打ちがない』のと、同じ意味を持つの。それは今でも変わらない。

母親:『生きてる値打ちがない』なんて、そんな恐いこと言わないで。お母さん、心配で寝られないわ。

佳奈:ごめんね、お母さんに心配ばかりかけて。

母親:お母さんね、いつも思ってるんだけど、佳奈ちゃんってえらいなーって。拒食症で頭も心もいっぱいのはずなのに、がんばって学校にも行ってるし、お友達とも仲良くしようとしてるし。お母さんの手伝いもしてくれるし。佳奈ちゃんほど良い子はいないって思ってるよ。

佳奈:えー、そう見えてた?うれしいな、私、せいいっぱいやってきたから。お母さんがそう思ってくれてるのがうれしい。

母親:でもね、しんどいことがあったらいつでも言ってね。お母さん聞かせてもらうよ。

母親がこうして佳奈さんの話しにしっかりと向きあってのっていってやると、佳奈さんは思い立ったかのように引き締まった表情になり次のことを話しだしました。

佳奈:でもねお母さん、クラスの友達どうしって仲がよさそうにみえててもね、お互いにランク付けしてるの。何かで優劣を決めてるのよ。佳奈はねみんなに勝てるもんがなんにもないの。これってすごいみじめ。だから体重の低さだけは勝っときたいって・・・・負けたくない、体重だけはクラスの誰にも負けたくない。私は低体重で勝ってる、だから私は支えられてるの。学校にも行けるのよ。これは私にとっては最後の命綱ーわかる?体重が一番低い=やせてることは、私のプライドだから。(キッとした表情で佳奈さんは、こう言いました)

だから佳奈は完ぺきなまでも38.0kgの体重にこだわっているのか。ひょっとしたらこれが奥の理由かもしれない。

6.佳奈さんの「完ぺき症」が賞賛された経験はありませんか?

ここまで聞き出した母親は福田ドクターの課題への答えがみつかったうれしさで、飛ぶように淀屋橋心理療法センターに足を運びました。福田ドクターはこの話しを聞いてまずお母さんをほめました。「お母さん、よくやっていただけました。すばらしい課題のできです。ここまで佳奈さんに話させるのは、たいへんだったでしょう」。ドクターにほめられねぎらわれたお母さんは、これまでの緊張が一気にほぐれて体中から力が抜けていくようでした。

福田ドクターは母親からこの報告を受け、次にとるカウンセリングの手だてを考えました。「佳奈さんは食べ物のカロリーを制限する事で自分の低体重を守っている。クラスで一番体重が低かったら、『私は勝てた』と思えるようだ。ここを生かすことで何か次の手だてにつなげられないものか」と、福田ドクターはしばらく席をはずし考えました。

「そうだ、佳奈さんに体重でなく他に勝てる領域が見つかれば、体重に固執する意味がうすらいでくるのではないだろうか」そう思いついた福田ドクターは、母親にたずねました。「お母さん、佳奈さんの『完ぺきさ』がクラスのみんなから賞賛されるようなことはこれまでなかったでしょうか?」

7.完ぺきさをつらぬいてできた作品を「すばらしい」とほめられた

母親は「佳奈が小学三年生の時のことですが」と、前置きをして話し始めました。

「工作の時間のことでした。みんな出来上がっているのに、佳奈だけはまだ。放課後一人残ってボチボチていねいに仕上げていました。「佳奈さん、もうとっくに提出時間はすぎてますよ。それくらいで置いておいたら」と、担任の先生も声をかけてくださいました。「でもここをちゃんとしないと」「そこは見えないからパッパッツとやって。それより提出期限を守ることもだいじですよ」という先生のご指導でした。

提出期限は守れなかったけれど出来上がった佳奈の作品は素晴らしいできばえで、先生もびっくり。次の工作の時間に「みなさん、佳奈さんの作品です。ていねいでとてもすばらしいできばえですね」と、ほめてくださいました。そのとき佳奈は「がんばって最後までていねいに作りあげれば、いい物ができるんだ」と、自信をもったようです。

佳奈さんは家にその後この件について次のように語ったということです。「私はね、パッパッっていい加減したくない。見えないところだからこそきれいにやりたい。そこで手を抜くと、ほんとうにきれいにできないんだもん。これが私よ」と。

8.「佳奈さんの完ぺき症をしっかりとサポートしてあげましょう」

福田ドクターから次のカウンセリング治療で新たな課題が母親にだされました。

  • 課題:佳奈さんの「完ぺきにやらないと気がすまない」ということもよくわかりました。しかし反面「期限プレッシャーに弱い」ことも確かです。急がせられると小さいころからパニックになっていたということでもわかります。
    ここでお母さんに新しい課題です。今佳奈さんが学校で取り組んでいる家庭科の作品「ブラウス」を、タイムリーな場として生かしましょう。お母さんはとことん佳奈さんの完ぺき症を受け止めてあげてください。佳奈さんの持ち味である「完ぺき症はすばらしい」という気持ちで、しっかりサポートしてあげましょう。

9.「作品の完ぺきさ」と「提出期限」の瀬戸際でしか変われない

これを聞いた母親は不安にかられました。「でも先生、完ぺきさを求めるがゆえに佳奈は何をしてもみんなより遅れてしまって。それでも頑張るから徹夜をしたりしています。拒食症からくる低体重で体力的にも限界がきて。それをサポートとは・・・・。今でも行き詰まりが目に見えているのに、これ以上完ぺき症をほめたら、のめり込みがひどくなるのでは・・・」と、母親は不安でいっぱいになりました。

「お母さんのおっしゃるとおりです。しかしお母さんが「そこまでせんでもええやないの」とか「体のほうがだいじよ」と言われても、佳奈さんは「うん、わかった」と言われますか?反対ですね。パニックになって、そしてよけい意固地になってしまいます。

さらに福田ドクターは説明を加えました。「完ぺきにものごとをやる満足感や達成感をあじわった人は、途中で手を抜くということはそう簡単にはできないんですよ。体力はもう限界で提出期限がせまっているとか、追いつめられたときにしか変われないんです。今やっているブラウス制作は一番いい練習の場です。さあどうする?この瀬戸際でもっともっと佳奈さんに戦っていただきましょう。佳奈さん自身が考えて戦って、自分にとっていちばんいい方法はなんだろう?佳奈さんに自分で決めてもらいましょう。こういう課題を出す人もいるし出さない人もいます。「この人だからだいじょうぶ」という見立てがあるので出しているので、そうでなければ違う治療方針でやります」。

10.「完ぺきさ」をほめられ、さらに「完ぺきさ」に磨きがかかって

不安でたまらなかった母親ですが、福田ドクターの説明には納得するものがありました。指示どおり、何事も佳奈のやりたいようにやらせることにしました。それだけでなく「佳奈ちゃん、すごいがんばるね。えらいよ」とか「なるほど、そこまでこだわるとこんなにすばらしいできばえになるのか」とか、ほめる言葉がけも忘れずに。

「なんでも完ぺきにやりたい」という持ち味を母親から受け止められほめられた佳奈さんは、ますます完ぺきさに磨きがかかって「ブラウス制作」に取り組んでいきました。「お母さん、クラスの人たちがね、『佳奈が作ると何でもきちんとやるからすごくいいのができるね』って言ってくれるの。友だちからほめられるってうれしいね」「そうよかったね」と母親も喜んで受け止めはするものの、心の底ではやはり不安はぬぐえませんでした。頑張りすぎて体の方はだいじょうぶか?締め切り期限に間に合わないといって又パニックをおこすんではないか?そしてなんといっても心配は体重です。まだ37.0キロgに固執した佳奈の様子が気になって仕方ありませんでした。

11.「完ぺき症」を肯定されると、カロリー値への「完ぺき症」がゆるんできた

それから一月がたちました。ブラウス制作もほぼ仕上がってきたようです。それが不思議な事に、母親からみて佳奈さんの完ぺき症がゆるみ始めたような気がします。「提出期限がね、佳奈間に合わないって思ったから、先生にお願いに行ったの。そしたら先生が、『今回の課題だけ3日間延ばしてあげましょう。次回からは期限に間に合うように制作しましょうね。佳奈さんの完ぺきさは素晴らしいです。が、決められたルールも守りながら、取り組みましょう』って」。笑顔で佳奈さんは話しています。「オヤッ?!佳奈、変わって来たな。前回も同じこと言われたとき、ワーッと泣き出してたけどな」と、母親は佳奈さんの受け止め方が変わってきたことに気がつきました。

「恵美ちゃんに電話して聞いたの。そしたら裾あたりはパッパッでいいんだって。襟まわりはていねいにだって。佳奈もこれからはそうしようって決めたの」ということを言い出したときは、母親はほんとうにびっくりしました。

母親にとってさらにうれしい変化が出てきました。食事まえのカロリーも以前にくらべるとそれほどきっちり量らなくなってきたのです。課題を出されたときの福田ドクターの説明にあったことを思いだしました。「持ちあじの『完ぺき症』を肯定されると、だんだん自分で気がついて、ほどほどの加減がわかっていくことがよくあるんです。それは学校でのことだけでなく、毎日の食事においても同じことがいえるんですよ」。そのとおり佳奈さんは自分の「完ぺき症」という持ち味を肯定されることで、ブラウスの制作だけでなく、食事のカロリー値への完ぺきさにも少しずつ変化がみられるようになりました。

12.「38.1kgでもいいよね」と、思いがけない言葉が佳奈さんの口から

「このごろお母さんといっしょにいると気持ちが落ち着く感じがする。家にいてるのが一番落ち着く。前は外で自分の食べ物買ってこなあかん、っておもってたけど、今はそんなプレッシャーから解放されてるわ」と、思いがけない佳奈の言葉もでてくるようになりました。

佳奈さんが次のように話したことを、母親は福田ドクターに報告しました。「『自分で決めたものしか食べてはダメ』って思ってたときは、38キロgを100gでも増えたらパニックになってたけど、今は少しくらい食べて体重増えてもそれほど気にならなくなってきたわ」と。佳奈さんの「私の体重は38キロg以上はぜったいに許さない」と固執していた気持ちがゆるんで、だんだんと「そこまでせんでもま、38.1キロgでいいか」と言うようになり、変わり始めてきました」。

「自分の持ちあじである『完ぺき症』を身近な信頼できる人に肯定されると、だんだん自分で気がついてほどほどの加減がわかっていくでしょう」という福田ドクターの言葉に励まされて、母親は頑張って佳奈の『完ぺき症』を受け入れ続けほめ続けてよかったと思いました。

2014.04.08  著者:《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》福田俊一

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

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