親も子も「どうしていいかわからない」
ひきこもりが長くつづく子どもの状態を、「やる気がないだけやろ」「辛抱がないんや」「甘えてるにちがいない」「だらしない生活おくって」と、とらえている新聞や週刊誌などを目にする。また「過保護に育てるから」と、親の育て方のせいにすることもよくある。しかしほんとうにそれだけであろうか。
当センターでカウンセリングを引き受けたひきこもりケースをみていくと、「なんで、うちの子、ひきこもりになってしもたんやろ」と、親が嘆くニュアンスの発言が聞かれることはたしかにある。しかしその裏には「なんとかしてやりたい。でもどうしたらいいか、わからないんです」という親の真剣な気持ちが込められていることが多い。「私ら二人でいろんなことやってみました。でもどれもこれも効果がみられなくて」。子どもも「このままでいいわけないやんか。立ち上がろうとしてるんやけど、何をしてもあかんのや」と、悩んでいる。
「どうしていいかわからない」という家族を導くのが、当センターでおこなっている家族療法である。本人の持ち味を生かし、家族のサポート態勢を立て直す。この二つを車輪にしてすすめていくことを主眼においている。
「ちいさなつまづき」がきっかけに
以前来所のケースからだが、「え、こんなことでつまづいていたのか」というエピソードをかいつまんでお話しよう。解決してしまえば、何と言うことははない。「なんでこんな小さなことに、気がつかなかったんだろう」ということがよくある。早い段階でその気づきに対応していれば、こんな長いひきこもりにならなくてすんだであろう。それは軽い状態だけでなく、重症ケースにもあてはまることもある。ここに3つの事例をお話ししよう。
ひきこもりの「きっかけ」を見ると
事例(1)忠士25才、きっかけ:食べ物の好き嫌いを父親に叱られて
ニートといえるかも
忠士(仮名、25才)の両親がまさにその例といえよう。ひきこもりというよりは、ニートといったほうがいいかもしれない。自分の行きたい所には行くし、遊びたいことは遊ぶ。親は「かってな子」と言い、友達は「好きな時に、好きなことしかしない、いいご身分」と、言っていた。
食べ物の好き嫌いを父親に叱られて
高校二年(17才)のときに、母親にむかって食べ物の好き嫌いを言っていて、父親からこっぴどく叱られた。「いい加減に食べる努力をしてみたらどないや。これ以上お母さんを困らせるんやったら、自分で食費代かせいでこい」と。
ある日、学校から帰ってきて「僕、これからコンビニでバイトすることにしたで。お父さん、ゆうてたやろ。食費代かせげって」。親は「ええかげんにせい」というつもりで言ったのだが、それを真に受けていたので母親はびっくり。
バイト先の店長さんに注意され続かず
ところが間もなく店長さんのささいな注意が勘にさわり、「行くのいやや」と長く続かなかった。また父親に「おまえは辛抱がたりん。わがままや。嫌いな物でも我慢して食べるゆう気がないんと同じや」と怒鳴られたのがとどめとなり、自分の部屋から出てこなくなった。
事例(2)素子23才、きっかけ:頼まれた物を、母親が買いわすれた
父親をきらう娘
素子(23才)は、ひきこもって三年になる。父親の顔を見るのもいや、話し声を聞くのもいや。今では「お父さんと同じ空気をすってるかと思うと吐き気がする。別に暮らしてもらって」とまで言い出して。その後、どんどん状態が悪くなるので、途方に暮れたような表情で両親が来所した。
母親が頼まれた週刊誌を買いわすれた
もともとのきっかけは?と聞くと、母親が次のように状況を説明した。「それがたいしたことではおまへんのです。娘が大学三年生の時ですが、なんやいう雑誌を買ってきてと頼まれまして。そうそう「週刊朝日」です。うっかりと忘れて帰ったらものすごい怒るんです。『私が頼んだ物、なんで買ってこうへんかった。私のことを軽視してる証拠や。今からもう一回出ていって買ってこい』と。おおきな声なんでお父さんがびっくりして飛んできて、『なにわがままゆうとんや。欲しかったら自分で行ってこい』ゆうて怒鳴ったんです。それからえらい騒ぎで」。泣きわめいて本を投げたり、床をドンドン足でならしたり、ふすまを蹴ったりしていたそうだ。
「気にいらんなら出て行け」と父親が一喝
しばらくしておさまったが、それから父親に顔をあわすのを極端に避けるようになった。起きる時間、食事は一人で、トイレのタイミング、すべて意識的にずらして。こんな状態に腹をたてた父親がまたまた怒鳴りつける。こんどは娘の部屋を一方的にがらりと開け「いったいどんなつもりや。誰に食わしてもろてるとおもとんや。気にいらんのやったら出ていったらえやないか」と。
それ以来素子は部屋から出てこない。トイレとお風呂だけ。食事も母親が部屋まで運んでいるし、食べ終わった食器は部屋の外においてある。大学は卒業したけれど、働くという動きは一向にみられないまま、時間が流れていく。
事例(3)美千代28才、きっかけ:勤務先で「時間がかかる、とろい」と言われ、自信喪失に
なにをしても遅い美千代
美千代(28才OL)は、学生時代までは順調だった。たしかに何をしても時間はかかる。人のあとを追いかけるようについていくばかりだったような気がする。小学六年生の修学旅行、いつも集合時間に遅れがちだった。ある夕食の時間に遅れた美千代は、みんなが席についてシーンとしてる時にかけつけ、はずかしい思いをした経験がある。担任の先生のはからいですぐに席につけたのでホッとしたが、さすがこのときはヒヤッとした。「なんで私、なにをしても遅いんやろ」。美千代は、こんな疑問をずーと心のかたすみに持ち続けていた。
同時にいくつかの仕事をこなせず
しかし今までそれほど決定的な問題になることもなく、「遅いけど、最後までやるよね」とか「天然ボケっていうんやで。美千代ちゃんみたいなん」と、笑って受け入れられるレベルだった。様子が変わったのは、本町の商社に勤めるようになってから。比較的勉強ができたので、いわゆる一流の商社に就職できたのだ。配属された課は輸出課。まわってくる書類は全部英語で書いてある。それをパソコンに入力していく。その間に電話もかかるし、来客もある。ひとつの仕事に集中していては、仕事にならない職場だ。美千代は必死でがんばった。はじめのうちは「まあ、そのうち慣れるよ」と、大目に見てもらえていた。だんだん言葉が厳しくなってきた。「入力まだできないんか。いつまでかかるんだ」「ほら、お客様の応対しれくれなきゃ。お待ちでしょ」「あら、まちがってるわよ、ここ。なんど説明したらわかるの」。
腹痛をうったえて仕事を休みだす
朝おきて服をきがえて、出勤の支度をしだすと腹痛が。トイレにかけこみ、なかなか出られない。「あ、もう今から行っても遅刻になる。また課長さんに叱られる」と、思うと吐き気までしてくる。母親に頼んで欠勤の連絡をしてもらう。いわゆる出社拒否である。このままであれば仕事をやめて、ひと休みしてからまた次のゆっくりした仕事をさがせばいいじゃないか、ということになったのだが。
両親の励ましがかえってあだに
「課長さんがね。美千代に出てきてもらわないと困るってゆうてはったよ」、連絡を入れてくれた母親が出社をうながす。「むり、ぜったいむり」と、言い張る美千代。「あんた、仕事ってそんな勝手なことしたらあかんのやで。みんなに迷惑かかるんやから」と、諭すような口調の母親。状況を聞いた父親も夕食のあとで説教が始まる。「なにわがままなことゆうとんや。怒られてもあたりまえやないか。一年生のあいだは、怒られたり、注意されたりしながら仕事おぼえていくんや。それをなんや、ちょっと言われたからゆうて、美千代みたいに欠勤してたらどこへいっても勤まらへんで」と。真綿で首を絞められるような気がして、美千代は二人の言い方に我慢ならなかった。
とうとう美千代は親と顔を会わすのも避けるようになった。「私はどうせなにしてもあかんのや。誰もわかってくれへん。誰にもあいとうない」と、ひきこもってしまった。
小さなきっかけの背後には積もり積もった問題が
ここにあげた三つの事例は、いずれも当センターで「ひきこもり・ニート」として相談をうけたケースである。来所時には、それぞれ3年から8年のひきこもり生活がつづき、こじれてしまっていた。しかし事のなれそめを聞いていくと、それほど長引くほどのきっかけだったとは思えない。はじめのサインを家族がキャッチし、適切な対応をとっていれば、十分に解決できたであろうと思われる。しかしどんな状態であっても、家族療法では対応できる。手遅れということはない。これまで解決した「ひきこもり・ニート」の多くの事例が立証している。
ひきこもり・ニートになるきっかけは、事例であげたように日常の小さなつまづきであることが多い。が、カウンセリングでよくみていくと、それは単なるきっかけにすぎないことがわかる。それまで本人に積もり積もっていた生きにくさや、親とのコミュニケーションの取りにくさが、「ひきこもり・ニート」という形をとってガタガタと噴き出してきたということである。
地道な努力の積み重ねが解決をもたらす
どんな状態であっても手遅れということはない。現在、さまざまな形のひきこもり・ニートの親たちがカウンセリングでアドバイスを受けながら、地道な努力を積み重ねれている。当初の状態はこじれていても、地道な努力を積み重ねれば、必ずといっていいほど解決に導くことができる。もちろん親子関係がこじれないうちに、来所してもらえれば、もっと早い解決がみられることは言うまでもない。上にあげた三つの事例の子どもたちもかなり良くなり働いている子もいるし、資格取得をめざして専門学校へ通っている子もいる。少しずつではあるが着実に、外での活動に参加できる状態にまで回復している。