1.「バレエ発表会が終わったらお弁当の量を増やす」と約束したのに(舞 中3 拒食症歴2年)

摂食障害(拒食症・過食症)のカウンセリング治療は、淀屋橋心理療法センター大阪摂食障害専門外来で行っております。(06-6866-1510)

拒食症の子どもとの「約束」は慎重に

拒食症の子どもとの約束は慎重にしましょう。とくに食べ物にかかわる約束は、用心しないとあとで動きがとれなくなることもあります。よくある「約束」をめぐる親子のトラブルのなかに、「・・・したら食べる」「○○が終わったら食べる」といった条件付きで子どもが約束を了承する例がよくみられます。「・・・たら」が終わっても、子どもは食べ始めるとは限りません。そのときの親の気持ち「少しでも多く食べてほしい」と、子どもの気持ち「なんとしても太りたくない」にはかなりの隔たりがあります。

「約束をやぶるのは悪いこと」という自明の理ではありますが、「子どもを責めたり、食べる事を強要したり」するかわりに、「約束」における子どもの気持ちを理解することで事態を良い方向に導けることがよくあります。次に中学3年生、舞さんの事例をとりあげお話しましょう。

「バレエ発表会が終わったら、お弁当の量を増やすよ」と約束

舞さんは中1のころから自分で食事制限をしだしました。目に見えて痩せてきたので、心配した母親は近くの心療内科へ相談に。「拒食症」と診断されましたがなかなか改善がみられませんでした。2年目に入った5月あたりからさらに体重が減って生理もとまってしまいました。この時点で母親はネット検索し、大阪に淀屋橋心理療法センター「摂食障害専門外来」があると知りました。

当センターの摂食障害専門外来には拒食症のカウンセリング治療歴40年の福田医師がいます。母親はなにもかも話して聞いてもらおうと語り始めました。それらの話のなかから母親と娘にありがちなトラブル「お弁当の量を減らす約束」をとりあげ紹介しましょう。

母親は舞さんの食事を用意するときは「どうしたら少しでも多く食べてくれるかしら」と、メニューに工夫をこらしています。拒食症になって2年、最近では体重が37kgをわることもでてきました。「おはよう舞ちゃん、あんたの好きなあんかけ豆腐よ。カロリー低いからしっかり食べてね」と母親は舞さんにすすめました。ところが舞さんは怒ったように言い返してきました。

舞:食べるよ、食べればいいんでしょ。でもね、このごろ多すぎるんよ、朝ご飯。

母親:食べられるだけでいいわよ。残していいっていつも言ってるでしょ。

舞:(スプーンで一口食べます)あんかけ豆腐食べるから、ランチの量減らしてね。

母親:えー、ランチったってあんな小さいお弁当箱じゃないの。

舞:減らしてっていってるの、わかった!(きつーい声)

舞さんから「朝ご飯のあんかけ豆腐は食べるけど、ランチの量を減らして」という注文がでました。母親は「いったん減らしたらずーっとそのまんまってことになるかも。なんか約束しないと」と考えました。

母親:来月にバレーの発表会があるよね。それが終わったらランチ元の量にもどしていい?

舞:うん、バレーの発表会ね。終わったらいいよ。

母親:約束よ。わすれたらだめよ。

舞:うん、わかった。約束まもるよ。

母親:じゃ、お弁当の量へらすわね。幼稚園のときのキティちゃんのお弁当箱にするよ。

こうして母親と娘の約束は交わされました。「ただでさえ体重が減ってるのに、これ以上減らしたらどうなるの。でも発表会まであと一月だからなんとか辛抱しましょう」と母親は一人つぶやきました。

発表会は終わったけれど、約束を守らない舞

そして母親はバレーの発表会が終わったその日の夜に、舞との「お弁当の量を増やす約束」を話し始めました。

母親:舞ちゃん、バレー、じょうずに踊れてたよ。先生もほめてらしたわ。

舞:ふーん、そう。

母親:ところで明日からお弁当箱、もとの大きさのにもどしていいわね。約束だったでしょ。

舞:えー!?それはいややわ。今日たくさん食べたから、あしたも小さいのにして。

母親:もうバレーの発表会終わったし、ジゼルのドレスも着れたから普通に食べてもいいやん。約束でしょ。

舞い:なに言ってるの、お母さん。次はテストやないの。テスト前に太ったら勉強できないやん。

母親:テストは食べる量とは関係ないでしょ。ほんとに困った子ね。

母親が心配したとおり約束のバレーの発表会が終わっても、舞さんはランチの量を元にもどそうとはしませんでした。そしてさらに悪い事に、テストが終わっても小さいキティちゃんの弁当箱を主張してやみません。それどころか母親に対して怒るような口調で言い返します。「来週クラス写真とるのよ。こんな太った体で写真なんかとれないよ。増やすんだったら私、クラス写真とらないから」と。

舞はお弁当の量をどんなことがあっても増やすのを拒みつづけています。困り果てた母親は淀屋橋心理療法センターの摂食障害専門外来に相談にやってきました。

拒食症のカウンセリング治療の経験豊富な福田医師のアドバイス

福田医師はうなだれている母親に次のように話し始めました。

「『バレエの発表会が終わったら、ランチの量を元にもどす』という約束はしたけれど、舞さんがその約束を守ろうとしないんですね。約束の日がきたからといって拒食症の子が食べる量を増やす約束をスンナリ守るとは限りません。もちろん舞さんにも「約束を守らないといけない」ということはわかっているでしょう。お母さんは舞さんに『一口でも多く食べてほしい』というお気持ちでいっぱいだと思います。そうしないと生理ももどらないし命が危なくなるかもしれない。ご心配なことと思います」。「はい、心配で心配で、私のほうが食事が喉をとおりません」と母親は力なく答えました。

「ちょっと一息入れて子どもさんの角度からこの状態をみていきましょう」と福田医師は続けます。

「『あー、お弁当を元の量に増やすなんて、そんな約束しなければよかった』と、舞さんはきっと約束したことを悔いておられると思います。『でもあの場でお母さんと約束しないわけにはいかなかったんだ。お母さんの顔みてたら「なんとしても期限つきでないと、お弁当の量は減らさないぞ!」って必死の覚悟が見えてたもん。私は約束するしかあの場を切り抜けられないとわかったから仕方なくしてしまったの。私の本心じゃない。お母さんの形相が約束させたんだ』と思っているでしょう。

でも一方『ダメだ、やっぱり食べる量を増やすことはできない。ちょっとでも太ることなんか死んでもできない。だけどお母さんを悲しませてはいけないし。お母さん、ゴメンね。あー、私はどうしたらいいの!?』と、舞さんの心の中はおそらくこうした葛藤が渦をまいていることと思います。舞さんも苦しんでおられるんですよ」。

福田医師の説明を聞いて、母親は娘の心もわからず自分の思いを一方的に通そうと必死になっていたんだと気がつきました。

母親と娘がいっしょにランチを作ることになった

母親は家に帰って舞さんに話しました。「今日ね、福田先生のお話聞いて来たの。ランチの量を増やす約束守れないのは舞ちゃんだけじゃないって。お母さんちょっと安心したわ」。そしていくつかもらったアドバイスのなかから一つ提案をしました。「舞ちゃん、お母さんと一緒にランチこしらえない?そしたらお母さんも舞ちゃんの好みとか許せる食材とか量とかもわかるかも」。舞さんはこの提案を聞いて「いいよ、お母さんに私の許している食材とか量とか、もっと知ってもらいたいと思っていたの」とうれしそうに答えました。

拒食症の子(人)には「食べてもいいよ」と自分に許している食材がいくつかあります。カロリーに基づいて量もだいたい決まっています。それがほんのわずか10gでも増えると、もうダメという子(人)もいます。食べたあと体重が100g増えたと知って、パニックに落ち入ることもあります。

「お弁当、急には増やさないで。ちょっとずつならいいよ」と舞が言い出した

母親と舞さんの共同ランチが毎朝できあがっています。舞さんはご飯の量が少しでも多いと厳しくお母さんに注文をだします。「ほら、また多い。増やさんといて!」と。母親はこれまでなら「体重が減ってきてるのよ。少しでも多く食べないと」と主張して譲らなかったと思います。ところが「あ、ごめんね、お母さんいつもうっかりしてるね」とご飯を半分に減らしました。今までとちがう母親の対応に舞さんは不思議に思いながらもうれしそうです。

福田医師のアドバイス「舞さんが主張することを否定せず、まずは受け入れてあげてください。そうしたらどうなるか、話し合いながら少しずつ変えていけるところから始めましょう」をもらっているので、母親には心に余裕がありました。母親は心の中は心配でいっぱいですが、「舞の言う事をまずしっかりと聞いてやろう」と心を決めてランチ作りに取り組みました。

こうした母親と舞さんの合作ランチが一月ほど続いたころ、舞さんが「お弁当ね、急に増やすのが嫌なんよ。急には増やさないで。ちょっとずつならいいよ」と言いだしました。

それからしばらく経って信じられない言葉が舞さんの口からでてきました。「お母さんが今行ってるところのお医者さんやったら、私も行っていいと思うよ。ただ「太りなさい」「食べなさい」しか言わないところはいや。「舞さんの気持ちをだいじにしながら、食事と体重にとりくみましょう」ってやさしく言ってくれるお医者さんやったら、私行ってもいいよ」と言い出しました。

こんないきさつを経て、母親と舞さんはいっしょにカウンセリング治療に通ってくるようになりました。「これで拒食症のカウンセリング治療の土台ができたぞ」と、福田医師はこれからの展望に期待を寄せました。

「克服できる過食症・拒食症」

「第一章 あきらめたらあかん。こんな私でも治るんや(真由25才 拒食症歴10年)」(淀屋橋心理療法センターでカウンセリング治療したケース紹介です。10年以上も長引くそしてこじれた拒食症も家族の協力で立ち直ることができた事例です。ご参考になさってください)

2013.12.25  著者:《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》福田俊一

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

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