慣れない一人暮らしのさびしさに、完璧症が加わって(真美 大学一年 18才)
真美は東京にある大学に合格し、親元を離れ下宿生活をはじめた。慣れない一人暮らし。気を許して話せる人のいない淋しさ。なかでも毎日3度の食事づくりは、真美にとって大きなストレスだった。
真美にはなにごとも完璧にやらないと気のすまないところがあり、なかでもこだわったのは『食事の支度』。料理の本をみながら一品をつくるのに時間をかけて完璧なお料理をつくっていた。できたごちそうをテーブルにならべてお花を飾ったりして完璧なまでのテーブルセッティングだ。スマホで写真をとり、大阪にいる母親にみてもらうのが習慣になっていた。
「真美、すごいお料理やね。ほんまにじょうずにできてるわ」と、母親はおほめLINEをすぐにリターン。「ほんま、そしたら明日はもっとすてきな料理つくるね」と、真美もうれしそうにLINEを返した。
この料理への完璧なまでのこだわりが、やがては過食症のきっかけになっていくのだが・・・
「真美、太ったんとちがう?」が過食症発症のきっかけに
こんなほほえましい娘と母親のお料理交流が交わされていて、安心できる下宿生活のスタートだと母親は思っていた。ところがこの安心サイクルも長くは続かなかった。帰阪したとき久しぶりに高校の友人に会って「真美、太ったんとちがう?」と言われたのだ。この言葉が真美にショックを与えた。
自分でつくったお料理を全部食べているうちに、知らないうちに体重が増えていったようだ。「うわー、えらいことや。3キロも増えてる!なんとかしてやせないと」と、真実はあわててダイエットを始めた。作るのも完璧にしないと気がすまないが、ダイエットも同じ。「完璧なダイエットはどうしたらいいかしら」と、ネットでさがしているうち、「吐く」というネット情報が手に入った。「そうか、食べても吐けばいいんだ」と、吐くことをおぼえてからまたお料理づくりが復活。
思えば友人の「太ったんとちがう?」という一言が、真美を過食嘔吐の穴に突き落とすきっかけになってしまったと言える。
過食症を発症して3ヶ月でカウンセリング治療がスタート
母親といっしょに真美が淀屋橋心理療法センターに来所した。ここには摂食障害(過食症・拒食症)専門外来がある、という情報を母親はネットで調べていた。過食嘔吐のパターンにはまってしまったとはいえ、発症して3ヶ月というかなり早い段階でのカウンセリング治療スタートだった。いままでの事情を聞き真美のお料理写真集を見せてもらって、過食症専門セラピストは次のようにコメントした。(セラ=過食症専門セラピスト)
セラ:新しい生活がスタートして、一人暮らしをずいぶんがんばっておられるようですね。しかしまあ、毎日これだけの食事をつくるのは、たいへんでしょう。で、時間はどのくらいかかります?
真美:はい、それが・・すごいかかるんです。2時間はたっぷり。でもいっぱいつくって、いっぱい食べたいから。
母親:そこなんです、先生。太るからっていつのまにか吐くこと覚えてしまって。過食症のきっかけになったりして。
セラ:そうですか。お料理はすばらしいけど、食べて吐いての悪循環ではねー。それじゃ、一つ課題をだしましょう。食べて吐いては、いまのところそのままでいいですから、料理の支度に手を抜くことを工夫してみてください。手抜きですよ、できますか?
真美:えー、手抜き!・・・そんなー、できるかな。でもねー、毎日作るのもしんどいしな。
真美はお料理をほめられたのはうれしいけれど、「手抜きのお料理」を課題としてだされとまどったようだ。完璧を目指さないと気がすまないタイプなので、「手抜き」というとどうしていいか見当がつかない。母親は、過食症に関してなにか治療的コメントがもらえると期待していたようだが、「えー、手抜き・・・こんなことでいいんですか?」と、半信半疑の顔つきだった。
「完璧にできないなら、お料理する気しないわ」
それから一月後、母親が一人でカウンセリング治療にやってきた。真美に大きな変化がでてきたようだ。料理をまったく作らなくなったのだ。「料理の献立考えるのもめんどくさい。盛りつけなんかうれしくも楽しくもない」と、ずいぶん投げやりな態度になっているそうだ。もちろん母親に送ってくるお料理の写メもストップ。「先生、いったいなにが起きているのか。こんなんでいいんでしょうか?」と、母親は心配そうな表情で聞いてきた。
「手抜き料理に達成感が感じられないんでしょうね。とことんまでやって、それでやっと満足できるというのが真美さんのパターンですから。完璧症の人によくある100か0かというパターンです。その矛先がお料理だと、つくると食べちゃいますよね。作らなくなったのは、食べることから関心をそらすにはいいことです。しばらくこのままで様子を見守りましょう」と、セラピストは話した。
その後「明らかに食べる量は減ってきたし、過食嘔吐もとりあえずは鳴りを潜めているようだ」という報告を受けた。
お料理づくりから関心をそらして過食嘔吐を止める
それから一月後のカウンセリングで、真美と母親がやってきた。過食症のカウンセリング治療もそろそろ効果を期待できるころである。明るい表情の真美から、生活のなかの大きな変化が報告された。
セラ:真美さん、なにかいいことがありましたか?お顔が輝いていますよ。
真美:はい、あのね、かわいいピー子ちゃんがね、やってきたの。
セラ:え、ピー子ちゃん?
母親:小鳥なんですよ。下宿で小鳥飼いだして。
真美:エヘヘー(てれ笑い)。もうだいぶなれたよ。ケージからだしても飛んでいかないもん。
セラ:えー、それはびっくりしましたね。小鳥を飼ってねー。でもずいぶん世話に時間とられるでしょう?
真美:はい、ケージを掃除したり、お水とりかえたり、えさを準備したり、やってます。たいへんでーす。
セラ:それじゃお料理つくる時間がないですね。
真美:はーい、もうとっくに切り替えてます。できあいのお総菜を買ってきたり、外に友だちと食べにいったり。
セラ:それで、過食嘔吐のほうはどんな具合ですか?
真美:え、過食嘔吐?もうお料理つくってないでしょ。ついでに過食もやってません。
セラ:はー、そうですか・・・!えらい変わりようですね、お母さん。
母親:はい、今はもう小鳥の世話に夢中ですねん。母親としてはそのほうがよっぽど安心です。
完璧症の矛先が小鳥の世話になり、過食嘔吐を忘れてしまった真美さん
真美さんとお母さんが来所して半年がたった。今日は久しぶりのカウンセリング治療だ。
「こんにちわ、真美さん、元気そうですね。ずいぶん顔色もいいですよ。過食のほうはどうですか?」というセラピストの質問に、真美は笑顔で答えた。「私、ピー子の世話に一生懸命になってるうちに、過食嘔吐のこと、だんだん忘れてしまってました。だって、ピー子、風邪ひいたり、腹痛起こしたりするんやもん。心配で目が放せないんです」。
そして真美は自分のことを「過食嘔吐を忘れてしまったカナリヤやね」と言って笑った。「先生、ほんとうにありがとうございました。真美がこんなに早く過食嘔吐を克服できるなんて、先生のご指導のおかげです」と、母親もうれしそうだった。
「真美さんが半年で過食症を克服できたのはなぜか」
- 早期発見、早期治療が功を奏した
- 完璧症を「料理の手抜き」という課題で抑えていった
- 完璧症の矛先を「小鳥の世話」に替えていった
- 過食でしんどいときもそのほかのときも、母親とのコミュニケーションが続いていた
*真美が過食症を発症して早い段階で母親が気づいたこと。
そのことで、過食に伴ううつの程度が軽かったこと。
*母親がネットで過食症専門外来をみつけ、適切な治療をいち早く受けられたこと。
*完璧症はなかなかやめることは難しいのだが、料理の手抜きをしながらやめられたこと。
*料理に夢中から小鳥の世話にと、安全な夢中になれる対象が早く見つかったこと。
*毎晩お料理を写メールで送ったり、電話でしんどいことを母親に聞いてもらったりしていたこと。