拒食症の母親は、娘の低体重が心配で入院させたい(亜由美 24才 拒食症歴5年)
拒食症の症状のなかで一番気をつけないといけないのは、「食べないことからくる低体重が死につながる」恐れがあるということです。母親たちも我が子のやせ細った姿を見るたびに「この子は死んでしまうのではないか」と不安でたまりません。最近、拒食症のカウンセリング治療をしたいくつかの事例から、印象に残った「低体重と入院」に関するお話をしましょう。
「このままでは娘(亜由美)は死んでしまうのでは」という不安でいっぱいの母親が、当センターの摂食障害専門外来にアドバイスを求めてやってきました。「娘が拒食症で体重が目に見えて減ってきてるんです。生理も止まってしまいました。歩くのもフラフラして、このままではいつ倒れてもおかしくありません。入院させたいんですが・・・」
精神科医でもあり拒食症のカウンセリング治療の経験も長い福田医師はつぎのように話しました。「わかりました。拒食症の娘さんが低体重でご心配なんですね。体のことは内科医におまかせして、こちらは心理の面に集中するというのが効果的なカウンセリング治療のとりくみです。入院については体のことですから、いま診察をうけておられる内科医のドクターと直接話しあってみましょう」と、福田医師はすぐに具体的な対策に出ました。
「拒食症の低体重」における淀屋橋心理療法センターの治療方針は?
拒食症のカウンセリング治療ではクライアントさんの体の安全を一番に考えて、当センターでは内科医と連携をとるようにしています。カウンセリングをスタートしてからでも体重が低すぎると判断した場合は、かかりつけの内科医の診察をうけるよう依頼します。内科医から「あなたは拒食症です。体重が○kgよりさがると入院ですよ」と、最低体重をはっきり示して入院の約束をしてもらいます。
このように「入院しなくてはいけない最低体重を本人と内科医とのあいだではっきりと約束しておくこと」が、低体重からくる危機状態を乗り越えるポイントとなります。
その後福田医師が依頼したように、内科医から命を守る最低体重が亜由美さんにしめされ、「この最低体重を切ったら入院ですよ」という約束がしっかりと交わされました。しかし福田医師には「最近拒食症の入院を受け入れてくれる病院が減っているのが、問題なんだが・・」という大きな心配がありました。
「この暑い夏がこせるだろうか」と母親の不安はピークに
○kgを切ったら「入院」という数値を定められることにより、亜由美さん本人が自主的に最低体重を守ろうという意思が少しみられるようになりました。しかし体重の低さと夏の暑さが母親の不安をかきたてます。まもなく福田医師が懸念した出来事がおこってしまいました。カウンセリング治療にやってきた母親が、深刻な表情で次のように話しました。
「娘は私のとなりで布団をならべて寝ています。夜中に亜由美の呼吸が止まってないか、私は心配で時々みてるんです。暑い夜でしたわ。なんか亜由美が苦しそうにしてるんで、口に手をあててみたら呼吸してないように思えて。『えらいことや、亜由美ー、亜由美ー!』ゆうて呼んでも返事ないし。「亜由美が死んでしまう!」と思ったら、私あわてて救急車呼びました。ほんの5分くらいやと思いますが、救急車が来るまで長い時間やったような気がします。
救急車がついて、なかに乗っている人に部屋に上がって来てもらいました。人工呼吸器つけたりしながら亜由美のやせてる体をみて『娘さん、摂食障害とちがいますか?』と聞かれたので『はい、そうです』と答えると、『それじゃ病院へ連れて行けません』と言われたんです。バタバタと器械なんか片付けてサーッと帰ってしまわれて。亜由美も私もボーゼンとしてしまいました。先生が言われてた『最近は拒食症の入院が難しい』ということが、ほんまやったんやと痛切に感じました。
「ピンチはチャンス!」拒食症の亜由美が本気で食べだした
この出来事をきいて、福田医師は母親に次のように話しました。「それは大変でしたね。どんなにかご心配なことでしょう。摂食障害(拒食症・過食症)で低体重になった方たちを受け入れてくれる病院が減っているというのは、カウンセリング治療の場にいて実感として感じています。しかしお母さん、ピンチはチャンスです。亜由美さんは『自分で自分の命を守らないとあかんのや』という体験をされたわけですから、変わられる可能性がでてきました。これからの取り組みですが、お母さんも必死になってやってみてください」と、具体的なアドバイスを細かく母親に与えました。
母と子、二人を導くカウンセラーの三人六脚で拒食症に立ち向かう
母親は福田医師(カウンセラー)のアドバイスを守って、亜由美さんの食事づくりや普段の対応の仕方に取り組んでいきました。今まではどんなに体重が下がっても自分で決めた食材しか食べようとしなかった亜由美さんでしたが、母親の死にもの狂いの形相をみて変わり始めました。「お母さん、私いっぺんには食べられへんのやで。やわらかいもの少しづつやったらいけると思うわ」と亜由美さんが言うと母親は、「わかったよ。カボチャの裏ごしスープしよか。そうや離乳食か介護食の本みてみよ。あれやったらええヒント書いてあるやろ」「ほんまや、お母さん頭ええな、よう気がついて」。今までとちがう母親のやんわりしたそれでいて毅然とした対応に亜由美さんも自分から食べることを受け入れていきました。
いままであれだけかたくなに母親の料理を食べようとしなかった亜由美さんが、ジャガイモのスープなど母親の作った食事を少しづつ食べるようになりました。「お母さん、胃のなかに食べ物あると気持ちわるいわ」と吐きに行ったり、なかなかスムーズにいかないことも多々ありますが、気持ちは前向きです。
それから3ヶ月たって体重が増えて体力がついた亜由美さんも、再びカウンセリング治療に参加できるようになりました。ふっくらした体や顔つきに「ほんまは太った自分ていやなんやけど、でも体がしっかりしてこのほうが何でもできて楽です」と、亜由美さんは笑顔で話していました。