2.子どもの要求を否定せず、会話のチャンスに

「あれ欲しい、これ買ってくれ」この時親子で話し合いを

息子(雄一、20才)が、ひきこもりはじめて二年になる両親が来所した。高校はなんとか卒業したけれど、そこでつまづいた。大学には進学せず、さりとて職を探す意志もない。「そのうち何かやりだすやろ」と、両親は見守っていたが二年が経過した。内心あわてた両親は、インターネットで探しあてた当センターの扉をたたいた。今までのいきさつを話す両親に、皆さんもいっしょに耳を傾けてみよう。

子どもの要求を否定せず、会話のチャンスに

セラピスト:高校を卒業されて、就職か進学かでまよわれたんでしょうか?

母親:いいえ、進学するって言ってたんです。でももうそれまでに欠席も多くて、出席日数もかつかつで。担任の先生のおなさけでやっと卒業できたようなしだいで。

セラピスト:なるほど。それでは学力が足らなくて、大学を合格できなかったとか。でも浪人という手もありますよね。

母親:いえ、それが。ねー、あなた、あのことお話したら?

父親:いやー、わがままなんですよ、もともとあいつは。バイクの免許がとりたいと言い出しましてね。そんな金かかることは大学へ行って、バイトの金でやれってゆうたんです。

母親:でも免許くらいとらせてやってもよかったのに。

父親:ばか、お前はだから甘いんや。免許とってバイクはいらんゆうことないやろ。ぜったいあいつのことや「買うてくれ」ゆうてくるんわかってるやないか。

セラピスト:それで結局ダメだと言われたんですね。だいじなことは、そのときどのくらい父親と息子さんで話し合いができたかなんですが。お父さんは息子さんが納得ゆくまで「なぜダメなのか」という説明をされましたか?息子さんの「どうしても欲しい。こんな理由があるから必要なんだ」という要求に耳を傾けられましたか?また息子さんは反対されてもめげずに、何度も頼んだり交渉しようとされたりしましたか?こんなことがとても大切なコミュニケーションなんですが。 父親:いやー、あかんもんはあかんのです。

母親:主人が一回ダメと言ったら、もうダメなんですね。だから雄一は、それから頼もうとはしませんでした。

セラピスト:納得してあきらめたというんじゃないんですね。一方的にという印象を受けますが。

母親:はい、そうです。それからです。雄一が主人と食事をいっしょにしなくなったのは。私とはするんですが。主人がいると、自分の部屋へ持っていって食べるようになってしまって。

セラピスト:それじゃ、それ以来引きもってしまわれたんでしょうか?

母親:いえ、まだあるんです。バイクの件は高一のときで。二年のときにケイタイ騒ぎがありまして。

セラピスト:ケイタイ騒ぎ?

父親:いやー、約束した金額よりオーバーしたから取り上げたんですよ。まだ稼ぎもしてないのに、月の払いが一万円も越えて。五千円までと約束して買いあたえたんですから、親として当然です。金銭感覚のないものが、これ以上もつことはいかん。よけい悪い影響がでるにちがいないんやから。

母親:でも今の子はケイタイがないと連絡を取り合えないでしょう。「雄一君、ケイタイないから話ししにくいわ」ゆうて、こないだぐうぜんA君にあったらゆうてました。それをむりやりにとりあげるなんて。雄一はあとでくやし泣きしてましたで。

父親:なんや、おまえまでそんなこと言うんか。朝起きてくるんは遅いし、勉強はせーへん。そんな子どもにケイタイやバイクもたせたらどないなる。親として管理できると思うか。他で口やかましいこと一つもいわへん父親やのに、なんでここで非難されることあるんや。心外きわまりないな。

母親:―――

子どもの要求を否定せず、会話のチャンスに

父親の語気に母親はだまってしまった。親として小さい頃から息子になにも言わずやってきた父親。「こんないい父親はいないぞ」と言い張る。息子の気持ちがわかる母親はなんとかそれをわかってもらおうとするのだが、いつも父親に押されてしまう。父親は小さい頃から息子に何も言わない、干渉しないことで、何の力もつけてやれずにきてしまったことに気づくだろうか。息子の世代に必需品とも言えるケイタイを取り上げて、外へ出ていかないのは、本人が規則正しい生活を送らないからだと決めつけているのだが、これはどうだろう。

雄一が外の世界へ出ていくには、家族ぐるみの特に父親をまじえたカウンセリングが必要であること。バイクを買う買わない、ケイタイを渡す渡さないといった問題を通じて、親子が話し合う機会をもつこと。また親からの働きかけで、小さくてもいろんな力をつけていく必要があると感じた。

2019.04.17  著者:《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》福田俊一

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

シリーズ記事

1.2.子どもの要求を否定せず、会話のチャンスに

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