3.治療を開始して一年後、小さな主導権がとれだした

孝夫ってこんなに小うるさい、細かい子やったんかいな

治療をスタートしてほぼ一年がたった。母親との会話はもちろんのこと、いつのまにか父親とも話せるようになっている。車や経済のことは父親と、食事や家事のことは母親と、というふうに話題によって分けているようだ。一時はカップラーメンにお湯を注いで終わりという食事スタイルをとっていたこともあったが、そんな心配は今ではほとんどない。夕飯は家族といっしょに食卓を囲んでいる。父親も母親もできるだけ自分たちから話題をださないよう、また会話を先先進めないよう気をつけている。

当時の母親との会話を紹介しよう。前編での会話と比べてみると、孝夫が主導権をとって会話を進めているのがわかる。おっとりした子、無口な子、おおざっぱな子と、思っていたが、どうしてどうして。母親が閉口するくらい細かいところが出てきた。孝夫の本質がようやく浮上してきたといえよう。

(*生活記録より抜粋。特定できないように変えてあります)

上着を自分で洗濯しようとして

孝夫:これ、洗濯機で洗えるか?

母親:どれどれ、洗えるで。

孝夫:そやけど、なんか裏が起毛しとうで。こんなん洗たら毛がいっぱい他の衣類につかへんか?

母親:だいじょぶや思うけどな。

孝夫:それはなんの根拠があって「だいじょうぶ」と言えるんや。ええかげんなこと言うな。

母親:はー、すんまへん。

孝夫:洗濯機の取り説どこや。説明書ないかゆうとんや。はよさがさんか。

母親:えー、あれはやな。どこへしもたんやったかいな。

孝夫:ほんまになにやらせても、ええかげんなやつやな。あ、あった、あった。えーと、毛の物を洗うときわやな、あ、洗剤がちがうんや。アクロンとか中性洗剤つかうねんて。そいで、このボタン押してー。回転をゆっくりさせるんかな。やっぱり他の物とは一緒に洗わんほうがええみたいやで。 念のため、ゆうて書いてある。

母親:そうか、なるほど。

孝夫:なるほどやないで、今までお母さん、どないしてたんや。みんないっしょこたに洗てたんやろ。

母親:え、そんなんはネットに入れてな。

孝夫:あ、ネットゆう手もあるんやな。そやけどこのネット穴あいとうで。わかってたんか。ほんまにお母さんはええかげんやな。もうこのネットは捨てとくで。ええな。代わりのあるんか。なかったらすぐ買うてこんと。

母親:わかった。今日スーパーで新しいネット買うてきますわ。

治療が進み親が対応のこつを覚えてくると。

カウンセラー:いやー、変わってこられましたね。息子さん、初めの頃と比べたら違う人みたいですよね。

母親:はー、それはいいんですけど。小うるさいんはどうかなりませんかね。いちいちこだわりますねん。

カウンセラー:そのこだわる性格が息子さんの本質なんですよ。そう思われませんか。

母親:なるほど、そう言われますと、ようこだわりますわ。なんやきのうも暖房機のホースがどうのこうのゆうとりましたわ。な、お父さん。

父親:ガスファンヒーターつこうとるんですが、ホースが曲がっとるから、ここは固定せなあかんのやとか。消したかどうか、指さし確認するようにとか。なんでそこまでせなあかんのや。

母親:けっこうきつい言い方しますねん。あんな子やなかったのに。

カウンセラー:その「あんな子やなかったのに」というのが、キー・ワードなんです。いっとき悪くなったと思われるでしょう。が、それが良くなるプロセスなんです。ここは辛抱して、しっかりと聞き役に徹しながら、受け止めてあげましょう。やがてじょうずに自分のこだわりを出せるように成長されますから。

治療が進み親が対応のこつを覚えてくると、ひきこもりから脱皮して家族とともに生活できるようになる。親にとってこれほど嬉しいことはない。やっと大きな山を越えてくれたかと、安堵の胸をなでおろす。しかしまだまだこれから一山も二山も越えなくてはならない。その一山が本人の変化である。この会話にもみられるように、本人の本質が浮上してくる。いままで大人しい、おっとりしていると思われていた子が、けっこうきつい、うるさいこだわり気質の面がでてきたりする。

しかしこんなしんどい時期もしっかりと受け止めてやっていると、しだいに意見の出し方もじょうずになってくる。自分の性格のコントロールができてくるのである。孝夫は家事もできることは手伝うようになったし、歯医者とか散髪といった自分に必要なところは出かけるようになってきた。長い間音沙汰のなかった高校時代の友人とも連絡を取り合いだしたし、そろそろ大学に復帰の話しも出せるかなという雰囲気になってきている。

2019.04.17  著者:《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》福田俊一

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

シリーズ記事

1.1.ひきこもりでも、一番重い五段階目に入る

母親との会話も拒否して自室にこもる孝夫(20才、来所時年齢) 孝夫の母親が来所したのは、今から三年前の秋だった。母親はつぎのように孝夫の様子を話してくれた。「自分の部屋に引きこもって出てこうへんのですわ。食事も私が二階ま […]

2.2.生活の記録から見えてきた改善のてがかり

家族療法による治療がスタートした 「先生、読んでください。できるだけ息子にわからんように書いてきました」と、母親はつけてきた生活の記録をさしだした。どんな内容なのか、少しここに抜粋してみよう。 (*抜粋ですが、特定できな […]

3.3.治療を開始して一年後、小さな主導権がとれだした

孝夫ってこんなに小うるさい、細かい子やったんかいな治療をスタートしてほぼ一年がたった。母親との会話はもちろんのこと、いつのまにか父親とも話せるようになっている。車や経済のことは父親と、食事や家事のことは母親と、というふう […]

関連記事

2024.02.28

不登校 親御さん向けカウンセリング説明会
アンケート集

不登校のお子さんをお持ちの親御さんに対し、2024年2月9日(金)不登校を乗り越えるための親御さん向けのカウンセリング説明会を行いました。 ご参加頂いた方からのアンケートの一部から見える説明会の様子をお伝えします。 目次 […]

3.親の主張よりも、もっと子どもの声に耳を傾けて(ひきこもり4年、23才男)

健治がひきこもりだしたのは、大学二年生のころからだ。あれから4年がたってしまった。母親はいろんな病院や相談機関へ出向いたが、状態は変わらなかった。友人の紹介で当センターへ来所。カウンセリングを通して母親の話しをきくうちに […]

2014.09.04

就活でひきこもり 大学4年生の息子の相談で

就活がうまくいかずひきこもってしまっている大学4年生の息子さんの相談でご両親が来所されました。 まわりはどんどん内定をもらっているのに息子さんはなかなか内定がもらえません。エントリーシートは100社出し、すでに30社面接 […]

記事一覧へ