孝夫ってこんなに小うるさい、細かい子やったんかいな
治療をスタートしてほぼ一年がたった。母親との会話はもちろんのこと、いつのまにか父親とも話せるようになっている。車や経済のことは父親と、食事や家事のことは母親と、というふうに話題によって分けているようだ。一時はカップラーメンにお湯を注いで終わりという食事スタイルをとっていたこともあったが、そんな心配は今ではほとんどない。夕飯は家族といっしょに食卓を囲んでいる。父親も母親もできるだけ自分たちから話題をださないよう、また会話を先先進めないよう気をつけている。
当時の母親との会話を紹介しよう。前編での会話と比べてみると、孝夫が主導権をとって会話を進めているのがわかる。おっとりした子、無口な子、おおざっぱな子と、思っていたが、どうしてどうして。母親が閉口するくらい細かいところが出てきた。孝夫の本質がようやく浮上してきたといえよう。
(*生活記録より抜粋。特定できないように変えてあります)
上着を自分で洗濯しようとして
孝夫:これ、洗濯機で洗えるか?
母親:どれどれ、洗えるで。
孝夫:そやけど、なんか裏が起毛しとうで。こんなん洗たら毛がいっぱい他の衣類につかへんか?
母親:だいじょぶや思うけどな。
孝夫:それはなんの根拠があって「だいじょうぶ」と言えるんや。ええかげんなこと言うな。
母親:はー、すんまへん。
孝夫:洗濯機の取り説どこや。説明書ないかゆうとんや。はよさがさんか。
母親:えー、あれはやな。どこへしもたんやったかいな。
孝夫:ほんまになにやらせても、ええかげんなやつやな。あ、あった、あった。えーと、毛の物を洗うときわやな、あ、洗剤がちがうんや。アクロンとか中性洗剤つかうねんて。そいで、このボタン押してー。回転をゆっくりさせるんかな。やっぱり他の物とは一緒に洗わんほうがええみたいやで。 念のため、ゆうて書いてある。
母親:そうか、なるほど。
孝夫:なるほどやないで、今までお母さん、どないしてたんや。みんないっしょこたに洗てたんやろ。
母親:え、そんなんはネットに入れてな。
孝夫:あ、ネットゆう手もあるんやな。そやけどこのネット穴あいとうで。わかってたんか。ほんまにお母さんはええかげんやな。もうこのネットは捨てとくで。ええな。代わりのあるんか。なかったらすぐ買うてこんと。
母親:わかった。今日スーパーで新しいネット買うてきますわ。
カウンセラー:いやー、変わってこられましたね。息子さん、初めの頃と比べたら違う人みたいですよね。
母親:はー、それはいいんですけど。小うるさいんはどうかなりませんかね。いちいちこだわりますねん。
カウンセラー:そのこだわる性格が息子さんの本質なんですよ。そう思われませんか。
母親:なるほど、そう言われますと、ようこだわりますわ。なんやきのうも暖房機のホースがどうのこうのゆうとりましたわ。な、お父さん。
父親:ガスファンヒーターつこうとるんですが、ホースが曲がっとるから、ここは固定せなあかんのやとか。消したかどうか、指さし確認するようにとか。なんでそこまでせなあかんのや。
母親:けっこうきつい言い方しますねん。あんな子やなかったのに。
カウンセラー:その「あんな子やなかったのに」というのが、キー・ワードなんです。いっとき悪くなったと思われるでしょう。が、それが良くなるプロセスなんです。ここは辛抱して、しっかりと聞き役に徹しながら、受け止めてあげましょう。やがてじょうずに自分のこだわりを出せるように成長されますから。
治療が進み親が対応のこつを覚えてくると、ひきこもりから脱皮して家族とともに生活できるようになる。親にとってこれほど嬉しいことはない。やっと大きな山を越えてくれたかと、安堵の胸をなでおろす。しかしまだまだこれから一山も二山も越えなくてはならない。その一山が本人の変化である。この会話にもみられるように、本人の本質が浮上してくる。いままで大人しい、おっとりしていると思われていた子が、けっこうきつい、うるさいこだわり気質の面がでてきたりする。
しかしこんなしんどい時期もしっかりと受け止めてやっていると、しだいに意見の出し方もじょうずになってくる。自分の性格のコントロールができてくるのである。孝夫は家事もできることは手伝うようになったし、歯医者とか散髪といった自分に必要なところは出かけるようになってきた。長い間音沙汰のなかった高校時代の友人とも連絡を取り合いだしたし、そろそろ大学に復帰の話しも出せるかなという雰囲気になってきている。