紗弓(中1)は、小学6年生からリストカットをしていました。学校で使うカッターナイフを使って肩のあたりから肱のところまで、赤い筋をいっぱい入れていました。お母さんに見つからないよう夏でも長袖を着たり、リストバンドをしたりして隠していました。見つかったのは紗弓が中1の時ですから、こんな状態がほぼ一年間続いていたことになります。
「米国のリストカット本の紹介」コーナーでお知らせした「Myth(思い込み)」1:まわりの注意を引くために切る」の反論で述べられている内容と合致するケースです。多くのリストカットをする子どもは、親に気づかれないよう隠しています。
紗弓のリストカットを見つけた母親はパニックに
お風呂に入ろうと服を脱ぎかけていた紗弓と、洗濯物を取りに脱衣場に入っていったお母さんが出くわした時のこと。娘の肩から肱にかけて無数の赤い筋がついているではないですか!びっくりしたお母さんは頭が真っ白になってしまいました。
母親:紗弓、これはなに?血がにじんでるじゃない?
紗弓:あっお母さん、もう、ほっといてよ。なんでもないんだから
母親:なんでもないってことないでしょ。ひょっとしてあんた、リストカットしてるんじゃないでしょうね!?
パニック状態になったお母さんは、紗弓をガンガンと責め立ててきます。
母親:なにかいやなことがあって切ってるの?
母親:毎日切ってるの?
母親:血がでてるじゃない、深く切ってるんじゃない?
母親:切った後、傷の手当はしてるの?
母親:なんで切ってるの、カッターナイフ?
お母さんは頭の中が真っ白になっていました。ガンガンと矢継ぎ早の質問をしながらも、自分が何を言ってるのかもわからないくらいでした。
思わず感情的になってしまうのは母親として無理もないこと
娘の腕に無数の赤い傷跡を見つけて驚かないお母さんはいないでしょう。思わず感情的になって質問攻めということは、親の自然な心の動きです。紗弓のお母さんもそうでした。「一年も前から切っていて、それで母親の私に隠していたなんて」ということもショックでした。
「なんの不満があってこんなことをするのかしら?」という疑問の声や、「リストカットは知っていたけど、まさか我が子が…」といった驚きの声もよく聞かれます。
娘を叱ったり問いつめたりしても、事態の解決にはつながらないことが多いのです。心配のあまりオロオロする母親の姿をみて、娘は「ごめんなさい」と言ってあやまり「もうしません」と言って約束をすることもあるでしょう。その場ではお母さんを心配させて悪かったと思っても、それでリストカットをやめられるかというとそうはいかないことがよくあります。
冷静になってから、娘さんの様子を観察して
感情的になってしまうのは無理もないことですが、そのあと冷静になったら娘さんの様子をしっかりと観察しましょう。リストカットがばれてしまったことで、よけいお母さんを避けるようになっていないか。また心の垣根が低くなって、お母さんに話しかけやすくなっていないか。
心配なのは前者の親を避けるようになったり、警戒したりする素振りがみられるような時です。紗弓さんの場合はお母さんにわかってしまったことでよけいガードを固くしてしまいました。お母さんは心配のあまりなぜこんなことをしたのかムリに聞き出そうとしたり、ナイフを取りあげたりしました。紗弓さんが心を閉ざしてしまう前に事態がよけい悪くならないように、次のようなアドバイスをだしました。
叱る問いつめるよりも、やさしい言葉がけを
傷の手当ての方法を話題にだすのもよいでしょう。「切った後、バイキンが入らないよう消毒しましょうね。消毒液はあの薬箱に入っているよ」と、さりげなく言っておくとか。「深く切ってしまって血がすごく出るようなら、お母さんを呼んでね」と、万が一の場合を考えて声をかけておくのも大切です。
またリストカットのことばかりにこだわるのではなく、紗弓さんの全体を見直してみましょう。「このごろずいぶん朝起きが早くなったね。玄関掃除してくれたりして。ありがとう」とか「お弁当箱、言わなくてもだしてくれるようになって、うれしいよ」とか、小さな良い変化を見逃さず伝えてみてください。
お母さんはカウンセラーのアドバイスを聞いて「はい、わかりました。えらい取り乱してすみません。先生のお話しを聞いて安心しました。また頑張りますので、よろしくお願いします」と、ホッとした表情で帰っていきました。
リストカットがわかってしまったことがきっかけになって、母親の娘を理解しようとする目が磨かれ、親子の会話が少しずつ増えてくるのなら「雨ふって地固まる」ですね。このやりとりを大事にして親子のコミュニケーションを育てていきましょう。それが問題の解決を大きく進めることになります。