来所するお母さん方に一枚のアンケート用紙を書き込んでもらった。多い順番に並べるとだいたい次のようになる。
質問1:「あなたは小、中、高校と、子どものどこに関心をもってきましたか」
- 学校や塾の成績
- 交友関係
- 規則(約束)を守る
- 思いやりの心
- 身だしなみ
確かに成長の途上において、大切なポイントである。しかしどこでどう道がそれてしまったのか、「ひきこもり」という症状ゆえに来所しておられる。どこからみても大事なポイントを守って育ててきたのに、どこが足らなかったのだろうか。症例の中からその点を感じさせる部分を拾いだしてみた。
症例:意外なところに落とし穴が
優子は専門学校をでて、タイピストとしてある商事会社に勤務していた。ふだんはおだやかな性格でなんの問題もないのだが、なにかゆきづまるとカーッとなる。「頭の中が真っ白になって、何をしているかわからなくなるんです」と、優子は言う。上司から注意を受けると「すみません。気をつけます」と素直に言えばすむのに、気がついたら大声で言い返してしまっていた。
なんどかそうしたことを重ね、出勤できなくなり、とうとう退社に。それから優子のひきこもりが始まった。母親の車に乗せられて来所した優子は、面接室で担当セラピストとカウンセリングを重ねていく。そのなかから、優子がひきこもりに追い込まれていった背景の一つが浮かび上がってくる。その部分を紹介しよう。子どもの成長に本当は何が大切なのであろうか。
セラピスト:いつもはお母さんと二人で家にいるんですか。
優子:はい。なんかそれがしんどくて。
セラピスト:どうしてしんどいの?
優子:私、昼頃起きるから。もっと早く起きろとか。なんせ「人なみに」ゆうんが口癖で。
セラピスト:商社に勤めてたんですか。英語やタイプが得意なんですね。タイプは速い方ですか?
優子:はい。私が一番速いくらいでした。仕事はできるほうだと思います。でも –。
セラピスト:お母さんからお聞きしました。人間関係がダメとか。上司の人ととけんかしたんですか?
優子:けんかではないんです。お母さん、そんなことを。
セラピスト:職場であったトラブルを家で聞いてもらいましたか?
優子:お母さんは私の話を聞いてくれない。いや聞いてるんだけど、右から左で。そのあいだに自分なりの解釈を加えるんです。自分の都合のいいように。
セラピスト:どんなふうに?
優子:たとえばね、「きょうはお隣さんがお休みでね、タイピングの量が多くて、肩こっちゃった」と言いますね。そしたら「ぐちをこぼしてばかりいると、いやがられるよ。量が多くてもこなせるように頑張るのが、いい社員なのよ」とか。
セラピスト:それは正論だけど、聞いていてしんどいですね。優子さんはきっと「そら疲れたでしょう。肩もんだげよか」とか、言ってほしかったんじゃないですか?
優子:そうそう、そうなんですよね。肩もんでくれなくてもいいから、熱いお茶くらい入れてほしい。それなのに「こんな景気の悪いときに働く所があるだけでも感謝しなくちゃね」って。もう母にはなんにも言う気がしなくなってしまうんです。
セラピスト:小さい頃からそんな体験はありましたか?
優子:いっぱい。試験の点とか塾の成績とかにはずいぶん関心があって、いい成績をとったときだけ喜んでいました。私が風邪を引いててもそれだけの関心もってくれないくせに。
セラピスト:そうですか。もっとあなた自身のことに関心はありましたか?たとえば「あら、ピンクのセーターよく似合うね」とか。「え、こんな本すきなんか」とか。「優子のすきな歌手、歌うまいね」とか。あなた自身のこまかなことについては?
優子:いいえ、そんなことには関心があるようには思えません。最大の興味をよせてくれたのは、進学する学校と就職先くらいで。
セラピスト:それはいけませんね。親がそこのところを、学んでいかないと。そんな細かなところに関心を寄せてもらって、はじめて子どもはのびのびしてくるもんなんですよ。
優子:それじゃ、私が学校や職場で人間関係でしんどい思いをしてきたのもなにか関係があるんでしょうか?
セラピスト:おおありです。子どもは親に小さなことを認められ、関心をもたれ、肯定のメッセージを与えられることで自信がもてだすんです。そこからどうふるまったらいいかとか、どう言ったらいいかも見極められるようになります。
優子:そうですか。そう言ってもらってちょっと安心しました。私が今こうして社会に出る気がなくなってしまってるのも、自分が悪いからと自分ばかりを責めていましたけど、なんかわかるような気がします。
セラピスト:問題点がみえてきましたね。もっと日常的なことで、親御さんにお話することが必要だとはっきりしてきました。