リストカットの切り抜け方がわかって、ひと安心のお母さん(その1)からのつづき
お母さんはドクターからもらったアドバイスをやってみました。あゆ美が「もうしんどい」と言って「ワーッ」と泣き出してくれることを期待していたお母さんですが、反応は「べつにー」でうっとおしそうな顔をしただけでした。
子どもが明るくよく話しても油断は禁物
この話しを聞いたドクターは、「うーん、そうですか。あゆ美さんは弱音を吐いたり、ワーッと泣き出したりはしませんでしたか。「べつに」とか「なんでもない」とかいう返事をして、どうってことないような表情をする子ほど追いつめられているってことがあるんですよ。明るく振る舞っていてもそれは見せかけだけで、内心はボロボロだってことがあるんです。とつぜんリストカットしたりすることもありますので、明るいからよく話すからといって安心されませんよう。なにかあっても慌てず連絡くださいね」とアドバイスをだしました。
頑張りから降りられない姿が浮き彫りに
リストカットをするタイプには頑張りやさんが多いのは前にも述べましたが、親や先生から「もうそのくらいでやめて、ゆっくりしたら」と言われても、なかなか頑張りから降りられません。ほんとうは、「降りたい、やすみたい」と心の底で思っていても、自覚していないこともあります。「怠けたりしたら許さないぞ」と自分を叱り、「わかった、私はそんなことしないよ」と頑張り続けるということもあります。そしてある日ブチッと切れてリストカットしてしまう、そんな『頑張るか人生終わりか』みたいな極端な考え方しかできないタイプも多くみられます。
「それであゆ美さんはその後リストカットは?」「今のところあれ以来切っていないようですけど」「そうですか、今のあいだになんとか対策をとりましょう」といった会話がお母さんとドクターのあいだで交わされ、次回の対策が話されました。
学校でおおはしゃぎのあゆ美
あゆ美はリストカットをした翌日も学校へ行きました。それからずーと休まず登校しているということです。「学校休むなんて、私じゃないわ」と言って出かけて行くそうです。学校での様子がお母さんから報告されました。
「あのー担任の牧田先生にお聞きしたら、あゆ美は友達とすごくはしゃいで、元気いっぱいみたいなんです」と、お母さんは半分ホッと半分心配そうに話しました。「休み時間なんかは結構はしゃいでるらしくて。英語の試験があったんですけど、今までなら、受けるそぶりも見せなかったのに、自習室から出て試験を受けに行ってたって言われてました」と、お母さんから登校後のあゆ美の様子が話されました。
0か100かの取り組みは、やがてはダウンする
ドクターは半ば驚いたように半ば納得したように話し始めました。(Dr=ドクター)
Dr:はしゃいでいるんですか。まあなんかすごい元気になってるようですね。いやー、それが本当の姿とは思わないほうがいいですよ。リストカットをする子は、めいっぱい頑張る100かもうガタガタ0かが多いなー。0か100の間があるといいんですが。
母親:0か100ですか。そういえば小学校の工作も完璧に作らないと承知しなかったりして、困ったことがありました。
Dr:これをなんとか50~60くらいで「もうしんどいわ、やめとこ」って思えるようになったら、リストカットが防げる可能性が高まるんですが。しかしリストカットをするような子は、50~60と言った中途半端な取り組みをいやがることが多いんです。
ドクターは「では次回、あゆ美さんがOKするなら、カウンセリングにつれてきてください。直接お話しした方がいいでしょう」と、指示を出しました。母親は以前からあゆ美を連れてきたくて仕方がありませんでしたので、よかったと思いました。
「血を見てホッとするの。ほっといてほしい」
一週間後あゆ美がカウンセリングにやってきました。お母さんにひっぱられてしぶしぶという感じです。「このごろ寝られないみたいで。しんどいって言ってます」と、お母さんから前置きがありました。ドクターはあゆ美が話しやすいようにお母さんには待合い室に出てもらい個別面接をすることにしました。
Dr:だいぶしんどそうやね。調子崩したの?
あゆ美:はい、そんな感じ。
Dr:リストカット、毎日してるの?お母さんから聞いたけど。
あゆ美:毎日は… 三日に一回くらいかな。でもほっといてほしいんです。
Dr:そうか、ほっといてほしいんですね。正直でいいですよ。今、これ、何が起こってると思う?自分でも訳分からない?何かしんどくなって、手首切りたくなったりするの?
あゆ美:わかりません。
Dr:リストカットする子はね、血を見るとホッとするってよく言うんやけど、あゆ美さんはどうかな?
あゆ美:あー、それあります。血を見たらホッとするっていうか、これで私は許されるんやって。
Dr:そうか、あゆ美さんもホッとするか。そういう心境って、よっぽど他に出口ないんとちがうかな?そういう追い詰められた状態になって血を見るとホッとする、って事もあるよね?
あゆ美:あー、先生、わかりますか、そのときのホッとするって気持ち。
なにか説教をされると思っていたらしく初めのうちは固い表情のあゆ美でしたが、そんなことがまったくない様子に、肩の力が抜けてきたようです。このあとドクターはリストカットから焦点をはずして、あゆ美のお気に入りのグループ「東方神起」やテレビ番組「家政婦のミタ」など雑談に花を咲かせました。
頑張り屋さんを認めてもらってホロリとしたあゆみ
次回のカウンセリングにもあゆ美はやってきました。今回は自分から行くと言い出したようです。前回は個別面接でしたが、今回はお母さんも参加して二人同席のカウンセリングをもつことにしました。
母親:このごろ少し眠れるようになってきて。でもリストカットはまだやってるみたいです。
Dr:あゆ美さんは前向きですね。なにごとにも頑張り屋さんで。すばらしい根性もってますよ。それを十分に認めてほめてあげましょう。
あゆ美:はい、そう言ってもらうとうれしい。私の頑張りを認めてもらえて。
Dr:でもしんどくないですか、どこか心のなかで「もうやめたい、おろしてくれー」って悲鳴をあげていませんか?頑張りはすばらしいことですが、体や心の声を聞くってこともだいじなんですよ。
あゆ美:頑張っても結果出してないからね。頑張ってないんとおんなじです。
Dr:結果出さないと頑張ったことにはならないんか、あなたの考えでは?
あゆ美:そう。
Dr:えらい厳しい価値観、持ってるなあ。それは見上げたもんやけどな。
母親:あゆ美の頑張りはほんまにすごい。お母さんもえらいなって、思ってるよ。そやけどねー。
Dr:リストカットするくらいまで頑張ってるんやから、行き詰ってきてるんやないか?本当の自分は「休みたい」ゆうてないですか?もう一人の自分が「何してんの!行かなあかんやないの!頑張らないで、どうする?」と、追い立ててるみたいなことはないですか?
あゆ美:うーん、そうかも…。(目に涙をにじませながら)「なんでそんな追い立てなあかんの?気分ののらないときは、勉強やりたくないわ」って自分もいる。
Dr:そうか、そうでしょう。それも正直なあゆ美さんですよ。その気持ちを素直に認めるんも大事なことやと思うけどな。
あゆ美はドクターの話しを聞いていくうちに、だんだん自分のしんどさを認める気持ちがはっきりしてきたようです。ここでドクターはリストカットをする子の頑張りのパターンに、「0か100か」が多いことを語りだしました。そしてほんとうはその中間値50~60くらいで「ま、いいか。これくらいにしとこ」と思えるのも、大事な力であることを話しました。
「あゆ美さんの言う『結果』を出すためには、締めたり緩めたりしながら自分を操縦する力もつけていくことが必要ですよ」というドクターの語りかけにあゆ美はこっくりとうなずいていました。
「リストカットはしなくなりました」と母親からの手紙に
前回のカウンセリングから1ヶ月がたちました。お母さんから手紙がきて、それには次のように書いてありました。
『(略)・・・先生のカウンセリングを受けはじめたころ、あゆ美がリストカットをしたときの対応がわかって本当に安心しました。具体的な接し方へのアドバイスをいただいたのが、家に帰ってからとても役に立ちました。
(中略)・・・あゆ美は先生の「ま、いいか。これくらいにしとこ」という50~60の取り組み姿勢の大切さのお話しを聞いて、少しずつですが変わってきています。あれ以来すごく頑張りますが、休みも取り入れるようになりました。「お母さん、このほうが楽やね。それに長く続けられそうな気がする」と言っています。
あのころはリストカットを三日に一度はしていなのですが、最近はほとんどしなくなっているようです。学校も休まず登校しています。まだまだ何があるかわかりませんが、あせらず見守っていきたいと思います。これからもご指導よろしくお願いいたします。』と締めくくってありました。