あきらめず、変化の可能性をさがしましょう
「アスペルガーではありません」と言い切れないが、レッテルをはってしまうことで、親も子も変化への努力を放棄してしまうところがある。「どうせこの子は治らへん病気やねんから、好きにさしといてやるしかないな」と、親はあきらめの気持ちで過ごす。子どもは「なんもせんでええーねん。僕はアスペルガーやから」と、病名を隠れ蓑にしてしまう。ほんとうにこれでいいのであろうか。伸治の生活をつぶさにみることで、変化をうながせる部分が見つかるのではないだろうか。「慎重に見きわめることが、大事だな」と、カウンセラーは思った。
すぐにカッとして暴力ふるう伸治
母親は日常生活であったいろんなエピソードを話した。ノートには、その要点が書かれているようだ。エピソードをとりあげて、その後で交わされたカウンセラーと母親の会話も紹介しよう。
エピソード1:出かけるときに、音楽会の切符がないとさわぎ物を投げる。
伸治:どこにおいたんや。きのうは、ここにあったのに。どこへやった!
母親:お母さん、さわってへんで。あんた大事にしもたんちがうの。
伸治:ないやないか。でかけられへん。あれがないと会場に入れへん。時間におくれるー!
ワーと大声をだし、そばにあった物を投げつけ出す。母親は危ないので、あわてて外にでて避難する。 見つからないのか、わめいたり物を投げる音がする。
カウンセラーと母親の会話
母親:思い出してもなさけなくなります。そんなことぐらいで、こんなことして。落ち着いてさがせば、見つかるものを。
カウンセラー:それで音楽会の切符はあったんですか?
母親:はい、手帳のあいだにはさんでたみたいで。やっぱりアスペルガーやからでしょうか。年齢からして幼稚というか。
カウンセラー:それは一つのできごとで、表面的なところで一喜一憂していたらあきませんよ。伸治君が、どういうときに怒り出すのか、よく観察の目を光らせておいてくださいね。注意してみていくと、だんだんパターンがわかってきます。アスペルガーやからと好きにさせておいたら、進歩はないですよ。ま、こんなときどう親が対応していくか、これがこれからのカウンセリングで学んでいただくポイントです。
エピソード2:「ごはんやで」と、呼びに行った弟をなぐる
弟:兄ちゃん、ごはんやで。お父さんも呼んではる。はよおいでって。
伸治:いらん、今は食べたないわ。
弟:お父さんが、呼んでこいって。兄ちゃん、こうへんかったら、僕しかられる。はよ、おいでや。
伸治:うるさい。がたがたゆうな!食べたない、ゆうてるんがわからんのか。(ボカッと弟の頭を殴る)
弟:痛いやないか。なんでなぐるんや、僕んなんも悪いことしてへんやないか。(泣き出す)
伸治:うるさーい、部屋から出ていけー!
カウンセラーと母親の会話
母親:このときは騒ぎを聞いて、父親がのりだしたもので。あとが大変でした。
カウンセラー:どう大変でした?
母親:父親とつかみ合いのケンカになって。父親が「なんや、働きもせんと、えらそうなことばっかりゆうて。なに考えとんや。弟、なぐったりして。あやまらんか」と詰め寄ったら、伸治は泣き出して。「僕なんかおらんほうがえんやろ」ゆうて、家を飛び出してしまって。
カウンセラー:それはたいそうな騒ぎになりましたね。どういう落ち着き方をしましたか?
母親:父親が心配して探しにいきました。公園のベンチで座ってる伸治を見つけて連れて帰って。30分ほどしたら落ち着きました。父親が「伸治はお父さんとお母さんの子やから、どこへもいかんでええ。ここにおったらえんや」ゆうたら、素直にうなずいてました。それから家族四人で、ふつうに食事できて。
カウンセラー:そうか、それはよかった。
母親:なんでこんな大騒ぎせんと、家族そろってご飯も食べられへんのですやろ。なさけないんです。
カウンセラー:ほら、また出来事の表面だけみてますよ。弟さんを殴りつける前に、伸治君は何をしていたか。これがだいじです。どんな気持ちでいたか。なにかやってる途中だったとか、集中してるときやったとか。話しかけるタイミングを工夫すると、騒ぎはずいぶん減るんではないかとおもいますよ。そういう対応のこつなんかも、これからカウンセリングで見ていきましょう。
目標は「大きなキレ」から「小さなキレ」に
突然飛び出したり、殴りかかったり、ナイフを振り回したりといった「大きなキレ」は、やはり危険だ。だからといって、止めようとしてもよけい火に油を注ぐ結果になることがよくある。危険なときはとにかく逃げること。離れること。そうすると時間の経過とともに落ち着いてくる。
伸治君が何をいってるのか、それをしっかり聞きましょう。「食べたくない」と言ってるのなら「ああ、そうか、今は食べたくないのか」と、いったん引いて。アスペルガーの子は、なかなか自分が心のなかで考えたり思ったりしていることを、言葉で伝えるということは苦手ですので、外からはわかりにくいです。出てきた一言を大事に受けとめて。
音楽の話がでてきたら、伸治君はうれしそうにどんどん話してくる。これは確かな伸びる芽なので、できるだけ音楽の話ではずむようにもっていくこと。楽しいことが増えれば、本人がキレル回数も減るだろうし、まわりも楽になる。家族がそのこつをつかめば、「大きなキレ」の回数は減らすことができるし、また次第に「小さなキレ」に変わる可能性もある。こつこつと努力して積み上げていけば、伸治君と家族に小さな良い変化を起こすことができるであろう。