「もうええやないの、そこまでせんでも」。亮君(中学二年)のこだわり症には、いつもお母さんはへきえきしています。
亮君はなにをするにも時間がかかるゆっくりさん。登校前にも「おかん、背中のほうに埃付いてるか見てくれ」と言って、なんどもお母さんにブラシをかけさせます。靴紐がどうの、カバンがどうのと、こだわりだすときりがありません。だから小さいころからいつも遅れて、みんなの後をドタバタとついていくはめになっていました。「こんなことで大きくなってどうするのかしら。ちゃんとやっていけるのかしら」というのが、お母さんの心配でした。
そんな亮君ももうすぐ中学三年生。高校受験が視野にはいるころになりました。通っている塾ですすめられた一般公開模試を受けることになり、またまた亮君のこだわりがひどくなってきました。会場も塾ではなく、大阪の○○大学ということです。お母さんはこのまま自分だけの判断で対応せず、一度専門家に相談して対応のこつを教えてもらおうと判断し、当センターに来所することにしました。
話しを聞いたファミリー・セラピスト(家族療法家)は、こうアドバイスしました。「こだわる子は細かいですよ。亮君はどうですか。言ってはいけない言葉に『そこまでせんでもええやないの』『まだやってるの』『はようしなさい』などです。お母さん、亮君が小さいころからこんなこを口ぐせのように言っておられませんでしたか」。アドバイスを受けた母親は確かに心当たりがあります。その言葉をいうとこだわる子は、よけいパニックになり動けなくなるということもわかりました。
セラピストはさらにアドバイスを続けます。「対応のこつは、そばにいる人が本人以上に細かくこだわってあげることです。ためしに今度の試験についてこだわってみてください。亮君が『おかん、もうそこまでせんでもええで』と言ったらその対応が合格です。一度やってみてください」
お母さんはさっそく家に帰ってアドバイスの通り実行し始めました。その会話の様子を日記から紹介してみましょう。
母親:試験の一週間前くらいから準備せないかんな。体調も整えんとな。なんせ初めての模試やから緊張するよな。亮君、食事やけど、こんなんがええゆうんはあるか。
亮:そうやな、やっぱり体力つけなあかんから、お肉がええわ。そやけど、肉ばっかりはあかん。バランス大事やで。
母親:わかった。ほうれん草やトマトの野菜もたっぷりつけるわ。味付けの注文はあるか?
亮:そこまではな。今までどおりでええで。
母親:そうか。わかった。それから会場までの行き方やな。
亮:塾で連れってくれへんから、自分らでいかなあかんのや。
母親:そらそうやろ。地図、買っとくわ。遠そうやったらお父さんに車で送ってもろてもええし。
亮:そんないやや、自分で行く。
母親:ややこしそうやから、いっぺんお母さん行ってみるわ。
亮:おかんが行ってどないすんねん。試験受けるんは僕やで。
母親:そやかてバスの時間とか乗り換えの駅の道順とかあるやろ。混み具合にしても影響するで。会場の建物はどれか。大学は広いからな。
亮:それはそうやけど。おかん、そこまでせんでもええわ。僕塾で聞いてみる。それに僕だけやないから、友だちにも聞けるし。
母親:そうか、そいでええか。心配やったらいつでもゆうてや。早い目に家でたほうがええと思うわ。
亮:わかった。
その後亮君は自分で友だちに聞いたり、本屋さんで地図を買ってきたりして準備をはじめました。いつもならぐずぐずと心配なことを口にしてお母さんを困らせるのですが、意外にすんなり聞いてきます。「おかん、電車の時間みといてな」「弁当もいるで。おにぎりがええわ。梅干しのな」「はい、わかったよ」と、お母さんもしっかりと受けます。こんな調子で無事に初めての校外模試を乗り切ることができました。
報告を受けたセラピストはまずはうまくいったことを喜んで、お母さんの対応をほめました。「対応のこつはおわかりになりましたか」「はい、いままで息子が不安やこだわりを口にすると「だいじょうぶや」とか「そこまでせんでもえやないの」と、言ってましたが、その反対の対応をすればいいんだときがつきました」。笑顔で聞いていたセラピストは「それに加えだいじな事があります」と、さらにアドバイスをつけ加えました。「なんでもかでもこの調子にならないように。本人が言ってきたこと、こだわっていることにのみ、いっしょにこだわってあげることです。でないとお母さんが自分の主導権を奪ってしまったという感覚になってまたややこしくなることもありますから」。「はい、わかりました。息子が言い出したこと、こだわっていることに私もこだわってやるということですね」、お母さんはうなずきながら復唱しました。