「食べた後、吐くのに必死なの。苦しくて指をのどにつっこんで。やっと吐けた、やれやれ。でもね、体重計にのったらいつも1Kg増えてるの」。この瞬間から美佳のパニックがはじまる。「今でも太ってるのに。これ以上太りたくない。お母さん、なんとかして」と、母親に泣いて訴える。「だいじょうぶよ、ちっとも太ってるふうには見えないから」と、なだめてもダメ。恐怖感はだんだんエスカレートして、手当たり次第に物を投げだす。止めようとする母親にもなぐりかかる。「太る恐怖」に追いつめられて、母親と騒然とした争いの毎日。
「どうしたらこの太る恐怖から解放されるんでしょうか」。いままで過食に悩む人たちは、いろんな専門機関を訪れてはこの質問を投げかけてきた。「そんなに太ってませんよ。気になるんなら食べるのをやめればいいんです」と言った医者もいる。「それじゃ薬をだしましょう」と、安定剤が処方されたりもする。安定剤をのみ続けても、決して太る恐怖から解放されはしないのだが。「あなたのわがままですよ」と、突き放された言い方に落ち込んでしまった人もいる。「過食は脳の病気だから治らないです」と、言い切った大学教授の先生もおられる。みんな当センターを訪れたクライエントの口から聞いた言葉である。さまざまな専門機関を訪れて、わらにもすがる思いで聞けた質問にこんな答えでは、心は傷つき落ち込んでしまうのも無理はない。
過食のやっかいなところは「食べるのを止めようとしても、止められない」ことだ。本人の意志の力や努力に任せても、しんどくなり続かないであろう。それほど頑固な症状である。まずこのことを肝に銘じなくてはならない。家族療法ではどうすれば過食の回数を一回でも減らすことができるか。それには両親の協力をどれだけ得られるか。家庭環境の見直しから入っていく。次はあなたの心の中に隠されている暗いものー怒り、悲しみ、モヤモヤはなにか。それをあなた自身が自覚でき、言葉で表現できるカウンセリングを行う。食べる食べないの問題は一時棚上げして、こうした家族関係や心をみていくことに焦点をあてる。「私、ほんとうはお父さんにこれが言いたかったんだ」「お母さんのバカッ」って大声で言えて、はじめてすっきりした。「友だちに、私行くのイヤって言えたの」。こんな言葉が本人の口から聞けだしたらしめしめ。
「太る恐怖はどうなるの。これを取り除きたいんですけど」と、あなたは言うかもしれない。ふしぎなことに焦点を太る恐怖からはずして、もっと根本的なな問題に焦点をあててみていくなかでしだいに太る恐怖は影をうすくしていく。もちろん時間はかかる。しかしゆっくりとではあっても確実に過食のあり地獄からはいあがっていく自分を感じるであろう。