母親の「笑い」がすべての深刻さをうやむやに

娘が過食にかかって三年。なのにかるーく考えている母親

父親が本屋さんでさがしてきた。当センターが出した「過食・拒食の家族療法」を、母親に「読め」と言う。「早くここへ行って相談してこい。もっと美沙(23才)にかかわってやらんと」と、父親はうながすが、「まえより良くなってきてるよ」と、母親の方は腰が重い。

そんなある日やっと決心したのか、母親がセンターに来所した。セラピストは母親の話を聞きながら、アメンボがスーイスーイと水面を滑るように泳ぐイメージを浮かべていた。なぜそう感じたかを面接でのやりとりでお話しよう。

セラピスト:お嬢さんの美沙さんの過食は、いまどんな状態ですか?

母親:勤めてますので帰ってきてからやるんです。夜中にでもご飯たいて。匂ってきますから、わかりますよね。(笑い)そこまでして食べたいのかなって。(笑い)

セラピスト:じゃ一日一回ですか。

母親:日曜日とか休みの日は二回やってます。

セラピスト:身長、体重は?

母親:160センチくらいですか。体重はえーと、けっこう足太いんですよね。細くしたいっていてますけど。やせる薬買ってきたりしてね。こないだ「お金かして」ゆうてきましてね。おろしてなかったからたいへんでしたわ。(笑い)

セラピスト:たいへんだったとは、美沙さんが怒ったとか。

母親:そうなんです。「食べ物買いにいけへんやんか」ゆうて、泣いてさわいで、物投げて。「ええかげんにしなさい」ゆうて、私のほうが怒ってしまいましたわ。

セラピスト:そりゃ美沙さんはおつらかったでしょうね。美沙さんの過食について、お母さんはどう思われますか?

母親:冷蔵庫あけて空っぽやから「あれ、また食べてしもたの。ケーキおいといてほしかったのに」ゆうたんですけど、むだですね。食べだしたら止まらないみたいで。お父さんの食事まで食べんといてね。あんたの分はないもんと思っといてや」ゆうとくんです。(笑い)

セラピスト:お父さんはどうおっしゃてますか?

母親:「なんとか治してやりたい。父親が本買いに行ってんの、うちぐらいやぞ。ふつう母親のほうが必死になるもんや」ゆうんですけどね。(笑い)

セラピスト:お母さん、よくお笑いになりますが、おうちでもそうですか?

母親:え、私が。まあ、こんなもんですけど。

セラピスト:それでお父さんはそんなお母さんをなんとおっしゃってますか?

母親:主人はいつも「お前が変われ、お前が変われ」ゆうんですけど、どう変えたらいいのか私にもわからないし、(笑い)

どうみても母親に美沙さんの過食の苦しさが理解できているように思えない。こんな深刻な相談なのになぜこんなにたびたび笑えるのか。セラピストは「これではおそらく美沙さんの母親への信頼感はうすいだろう」と心配した。

セラピスト:美沙さんはお母さんによく話されますか。話題は何でもいいんですけど。

母親:「お母さんに話してもあかん」ゆうてます。このごろあの子と話し合う時間つくらな、とはおもてるんですが。

セラピスト:過食の治療の第一歩は「母親との信頼関係」を築くことからスタートですが。

母親:私との、ですか? ふーん、だけどあの子、しっかりしてますからね。

こんな調子でこの日の事前相談は終了した。早い適切な治療が必要だとセラピストは強調したが、どれだけ母親の心にひびいたか。気づきをうながす発言も危機を知らせるアドバイスも、スーイスーイと流れていく。父親にやいやい言われて、やっと重い腰をあげたという感じがありあり。まさに娘と母親の信頼関係を構築していく必要のあるケースなのだが、母親にその危機感はうすい。

このままではおそらく美沙さんの過食は治らないであろう。「しっかりした良い子だから安心」なのではなく、それだからこそ、過食になったんだし、そんな母親との関係を変えていかなくてはならないのだが。

2019.04.17  

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

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