「過食」という強者

「過食」という強者

当センターには、過食の治療のために通われ、やがて卒業してゆく方々が多くいらっしゃいます。中には「とにかく今すぐに過食を治したい、過食を治して早く普通の生活を送りたい」と焦るかたも少なくありません。過食に限らず、自分の病気を「早く治したい」と考えることは当たり前のことと思います。自分の身体や心が思い通りにいかない生活を長く続ける事は、とてもしんどいことですから。ダーツの矢が【過食】という的をめがけてスパン!と綺麗に刺さるように、過食という一つの目的に狙いを定めて瞬時に治すことができれば良いのですが、なかなかそう簡単にはいきません。過食には、その裏に隠れている様々な問題が治すことを邪魔しているからです。例えば、虫歯や捻挫など体に複数の問題を抱えていても、それを差し置いて風邪だけを治すことはできます。しかし過食の場合、様々な問題に蓋をして過食だけをピンポイントで治すということが難しいのです。

私は淀屋橋心理療法センターと過食症との関わり方を見て、それはオセロの仕組みのようだと感じました。

家族の人間関係、職場の人間関係、友人、恋愛、仕事、子育て、金銭問題、自分自身の性格や価値観に関すること…過食の裏には様々な悩みや問題が隠れています。きっと自分自身でも気が付くことができないような、隠れた問題もあるかもしれません。その一つ一つが、黒色側のチップです。

これはSさんの例です。

Sさんは当初、過食を治すために当センターにやってきました。痩せたいという気持ちが強く、家族に隠れて暴食と吐き戻しを繰り返していました。カウンセリングでは、過食の裏に潜む様々な問題を探り、過食以外のことにも目を向けて治療を進めていきました。しかしSさんは、「どうして過食以外の話をするのだろう。まずは何より先に過食を治したいのに」との思いで、焦りや苛立ちを感じてしまいます。

「もう過食は治らないのではないか。先生もきっとそう思ってるから、過食の話をあまりしてくれないんだ」

こんな風に家族の前で泣いたこともありました。じっくり治療していくということは、とても根気のいることですし、近道を探してしまいたくなります。私ならきっと、なにか手っ取り早い方法で過食を治せないものかとアドバイスを求めるだろうと思います。

しかしそれはオセロでいうと 後先を考えずに手当たり次第裏返せそうなチップを白にしていくこと に似ていると感じたのです。はじめはそれで調子よく進むのですが、後からどんでん返しがきて次々と黒に裏返されることがありますよね。幼いころ父とオセロの対決をすると、最後はいつもそうでした。

Sさんはカウンセリングを受けていくうちに、仕事を楽しんでできるようになり、消極的だった職場の人との関りにも変化がみえ始めました。新しいことにもどんどん取り組み、仕事を頑張っている実感が湧きました。すると、気持ちに余裕ができたSさんは、もう一つの大きな悩みだった夫婦関係のいざこざが気にならなくなります。(あくまで気にしなくなっただけで、改善されたわけではありません)パートナーの行動や態度に腹を立てたりイライラすることが少なくなる、言い方を変えれば、どうでもよくなったのです。そのぶん子供には以前より優しく接することができました。そして、そんなSさんの変化を感じたパートナーのほうから、Sさんや子供に歩み寄るようになり、関係が良くなっていったのです。Sさんが「夫婦関係を良くしよう」と意識して動いたわけではありませんが、いつの間にか変化してくれることもあります。そしてその後も、Sさんが直接何か働きかけたわけではありませんが、いくつかの問題が改善されていきました。

それらの間接的な変化は、一見不思議な偶然に思えます。しかし、実はそうではないのだと感じました。一つのチップを白に裏替えしたとき、変化するのは一つではありません。縦横ななめ、複数のチップがパタパタと変化してゆくこともあるのです。

Sさんが当センターに通われてしばらく経つと、カウンセリング中の会話には笑顔が増え、話す内容も家族の話や仕事の話が主になっていました。(そういえば初めは過食の話をするために来られていたんだな・・と思い出しハッとするほどです。Sさんの過食に対する不安や恐怖がすべて消えたわけではありませんが、過食を意識することがだいぶ小さくなっていることがわかります。

Sさんは当初、何よりも先に過食を治したいと考えていました。過食というチップを早く白に変えたかったのです。しかしその近道を探すことが難しかったのは、過食というチップが初めから存在しなかったからなのかもしれません。他の悩みのチップが次々と白に裏返り、ボード全体が白く変化していくとき、はじめて過食という問題は消えてゆくのだろうと思います。

過食を治したいと考えるとき、まず何を変えるべきか、何を変えないでおくべきか。それを一緒に考えるのが当センターのカウンセラー、いわばオセロの強者です。また、対戦相手である【過食】も、同じくオセロの強者。焦ったり油断している隙をみて、簡単に黒く裏返そうとしてくるのです。

過食がやめられなくて苦しいけれど、どうしていいかわからない。本人はもちろんですが、そばにいる家族も同様に「何をしてあげたらよいのだろう。この対応で間違っていないのかな」と迷ってしまいます。順調に進んでいるように思う場合でも、次の一手を的確に打つのはなかなか難しいことです。過食という強者に挑むために、当センターのアドバイスをお伝えできたらと思っています。きっと、過食に苦しむ日常が裏返るような上手い一手が打てるはずです。

私は淀屋橋心理療法センターと過食症との関わり方を見て、それはオセロの仕組みのようだと感じました。

2021.02.05  著者:《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》湯浅愛美

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

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