摂食障害になったのは頑張り屋の優しい女の子でした2【過食症 小説】

摂食障害になったのは頑張り屋の優しい女の子でした2【過食症 小説】

前回までのあらすじ

「痩せていない自分は価値がない」「人に気を遣えないと自分の存在意義がなくなる」と、自分を追い詰めてしまい過食と後悔を繰り返す奈々子さん。職場の上司や後輩のリカさんは「NO」と言えない奈々子さんに対し、無謀な仕事を押し付けたり、自分のミスを奈々子さんのせいにします。また、毎日の社食ランチは地獄の時間。他の部署の華やかな女性たちに囲まれながら、奈々子さんはお面のような笑顔を貼りつけ、「うんうん」「わかるわかる」とひたすら頷きます。

どこにも逃げられず苦しむ奈々子さんでしたが、ある小さな勇気をきっかけに同じ部署の同僚たちとの距離が縮み始めます。そして、その同僚たちの後押しもあり、奈々子さんは2つの挑戦をすることになりました。それは、周りの目を気にして長年ためらっていた「部署異動願いの提出」と「社内昇進試験」です。さて、結果はどうなったのでしょうか。

前回のお話はこちら⇒

自分を見てくれる人がいる、ということ

自分を見てくれる人がいる、ということ

「奈々子さん、これ…どうぞ!」

同じ部署で仕事をしている3人の同僚が、奈々子さんを囲みました。

「昇進試験の合格祝いです。みんなで選んだの」

「奈々子さん、おめでとう!!」

「えっ…!私、頂いていいのですか?みんなに気を遣わせてしまって…すみません」

奈々子さんは少し焦りながら3人から渡された包みを開けてみると、そこには可愛らしいオカメインコのポーチとハンカチが入っていました。

「わぁ、可愛い…!ありがとうございます。私、このオカメインコのキャラクター大好きなんです」

「奈々子さん、いつも可愛らしい動物の文房具を使ってるから、
こういうの好きかなと思って」

突然の合格祝いのプレゼントに、戸惑いながら驚く奈々子さんを見て同僚たちは嬉しそうに笑いました。

なんと奈々子さんは、今回挑戦した社内昇進試験に見事合格し、新しい仕事を任されることになったのです!

同僚たちに合格のお祝いをしてもらえた事はもちろん嬉しかったのですが、それ以上に嬉しかったのは

普段から奈々子さんが「可愛いキャラクターグッズ」を好んで集めていることを同僚たちがちゃんと見てくれていたことでした。

その他にも、

「奈々子さんは、あのやっかいな上司と、我儘なリカさんの間に挟まれている立場なのに、いつもうまく仕事をまわす事ができてすごいですね」

「困ったことがあればいつでも言ってくださいね」

などと、同僚達が声をかけてくれることが増えました。

誰かが自分のことを見てくれている・知ってくれているという安心感は、奈々子さんにとって人を信頼するということにも繋がっていきました。

✿  ✿  ✿

ある日の仕事中。奈々子さんは手を滑らせ、飲んでいたお茶を大量にスカートにこぼしてしまった時のことです。

以前の奈々子さんなら、こんな失敗をしてしまうと、もうパニック寸前でした。

「どうしようどうしよう。こんな失敗、
みんなから仕事のできないダメなやつだと思われてしまう。
笑われる!恥ずかしい!」

と、頭でグルグル考えながら絶望し、コソコソと更衣室へ逃げ込んだでしょう。

しかし今の奈々子さんは、そうではありません。

「あっ…お茶、スカートにこぼしちゃった。どうしよう…」

奈々子さんは恥ずかしそうに笑いながら、「見てください…」と同僚たちに濡れたスカートを見せました。

「奈々子さんがミスするなんて珍しいですね。雨でも降ったりして。布巾持ってくるから待ってて」
「大変!私、携帯用のドライヤー持ってるから、乾かしましょう!」

同僚たちは親身になって、机にこぼれたお茶を拭いてくれたり、奈々子さんの濡れたスカートを乾かしてくれます。

自分の弱いところや情けないところを誰かに見せることが出来るようになったことは、常に「失敗しないように」と気を張り詰めていた奈々子さんにとってとても大きな前進でした。

「近頃は、職場がそんなに嫌じゃないって思える。上司やリカさんは相変わらずで嫌になることが多いけど、同僚みんなが優しくしてくれるおかげかな」

奈々子さんは自分の気持ちが安定していると感じました。

朝、奈々子さんは気分の悪そうな顔をして仕事に行くことが多く、心配していたお母さんでしたが、ここ最近は「行ってくるね!」と笑顔で出かけてゆく元気な姿を見ることができました。

(奈々子、最近は過食もしていないみたいだし、よかった)

お母さんは、ホッとしていました。

しかしその数日後



奈々子さんは大量の菓子パンをお腹の中に詰め込みました。
それでもなお「食べたい」という気持ちが止まりません。

奈々子さんは再び自信を失っていきます。

過食がふたたび襲ってくる

奈々子さんは、おそるおそる体重計の上に上がりました。体重計に乗せた体がどっしりと、やけに重く感じます。

実は、三日間ほど過食が続いていたのです。

デジタルの数字が、不安を煽るようにチカチカと行ったり来たりを繰り返し、

「59、2」

という表示でピタリと止まりました。

(1キロ増えてる…)

奈々子さんは、しばらく表示を見つめながら「やっぱり私は価値のない存在だ」と沈んでいきました。

✿  ✿  ✿

「…今回は連続で過食をしてしまいました…体重も増えました…」

カウンセリングの日、奈々子さんは俯きながらそう話しました。

「何か嫌な事でもありましたか?

「・・・・・・・」

カウンセラーに聞かれても、奈々子さんは何も答えることができません。

ここのところ、ストレスをあまり感じることなく毎日を過ごしていたはずです。

職場の人間関係も悪くなく、嫌な上司にも「違うことは違う」と言えるようになったし、後輩のリカさんのミスも、少しですが指摘することができるようになりました。

以前は周りから「この子、友達いないのかな」と思われているようで苦手だった一人でのショッピングは、堂々と楽しく回ることができます。

義務感を感じていた、毎日のランニングや週末のジム通いも、「気分が乗らない日はサボってしまおう」と、ゆるく考えられるようになっています。

(嫌な事なんて、何も思いつかない)

(なのにどうして過食をとめることができないのかな)

奈々子さんは、理由のない過食に苦しみます。

「私の過食は、もう一生治らないのかもしれない」

そう言って、奈々子さんはお母さんの前で泣きました。

(嫌な事なんて何もないはずなのに…)

奈々子さんは涙を流しながら考えましたが、どんなに考えても答えは見つかりませんでした。

約束を守ってもらえなくても

夏も近づいてきたある休日。
奈々子さんは親友の「ともちん」と会う約束をしました。

奈々子さんは、ともちんにちょくちょくLINEを送っていたのですが、直接会うのは久しぶりです。

「奈々子ひさしぶり!LINEの返事、忙しくてなかなか返せなくてごめんね。明日暇?買い物に行って、そのあとご飯を食べようよ」

前日、ともちんからのお誘いがあり、奈々子さんはすぐに「行きたい」と返信をしました。

ともちんと奈々子さんは大学時代からの付き合いです。あまり自分から行動できない奈々子さんとは反対に、ともちんは積極的に人と関わったり、言いたいことをズバッと言える女性です。

(ともちんは明るくておもしろくて、羨ましい。人と話すのもうまいし)

(ともちんは人気者で友達も多いのに、私なんかと仲良くしてくれてありがたいな)

奈々子さんは、ともちんのことを「私の唯一の親友」と思っていました。

「ともちん、このあとのご飯、どこに食べに行こうか?ともちんはなにか食べたいものある?私は何でもいいよ」

買い物がひととおり済み、時間を確認してから、奈々子さんはともちんに尋ねます。

オムライス、ハンバーグ、パスタ…。 (ともちんは何が食べたいのかな)と頭の中で考えていました。

すると、ともちんはスマホをいじりながら

「ごめーん、ちょっと友達に呼ばれちゃった。どうしようかな…」
と言いました。

ともちんは困った顔をして奈々子さんの顔を見てきました。奈々子さんはすぐに、

「うん、わかった!全然いいよ!
私の事は気にしないで、友達に会いに行ってあげて」

「そう?ごめんね。今度埋め合わせする!じゃあ、またね~」

ともちんは、「買い物の後、一緒にご飯を食べる」と決めた奈々子さんとの約束をやぶってしまっても、あまり悪気があるようには見えず、足早にその場を去っていこうとします。急に予定が消えてしまい奈々子さんはがっかりしましたが、そんな気持ちを隠すように

「今日はありがとう、楽しかったよ」

と笑って手を振るのでした。

街中に一人、奈々子さんは残されてしまいました。こんなことは昔からよくあります。

(ともちんは、私との約束を優先してくれないんだな)

(だけど、ともちんは私の他にも友達がたくさんいるから仕方がない)

(でも、ともちんはいつもメールの返事が遅いし、くれないときだってある。気まぐれだから嫌になる)

(いやいや別に、メールの返事くらい、なくたっていいじゃない)

帰り道、奈々子さんは色々なことを考えました。楽しいはずだったともちんとのお出かけが、とてもつまらなくなったような気がしました。

「なんだか悲しいな」

無言で家に帰ってきた奈々子さんに、お母さんは不思議そうな顔をして

「おかえり。あれ?早かったね。ともちんとご飯食べてきたんだよね?何食べてきたの?」

と質問しました。

「うるさいな。なんだっていいでしょ!」

奈々子さんは、お母さんの問いかけについカッとなってしまいました。悲しい気持ちとは違う、複雑な感情を感じます。

その夜。奈々子さんはともちんに、「楽しかったね。また遊ぼうね」と今日のお礼のメールを送りました。

しかし、ともちんからの返信はありません。

奈々子さんは残念な気持ちになりながら、また、買い込んだ菓子パンに手が伸びました。

(もうこれで終わりにしなきゃ)(でも、食べたい)

お腹は満たされていくのに、気持ちがどんどん沈んでいきます。

(ともちんは私の親友なのに、どうしていつも不安になるんだろう。
どうして会ったあと、気持ちが疲れてしまうのかな)

開けっ放しになっていた仕事用のかばんの隙間から、同僚達にプレゼントしてもらったオカメインコのポーチが見えました。

(昇進試験が受かったこと、同僚のみんながお祝いしてくれて嬉しかったな。ともちんにも、受かったことは伝えていたはずなのに…今日会ったとき「おめでとう」の一言も言ってもらえなかったな)

奈々子さんは、ともちんへの自分の感情を考えて始めていました。

・・・つづく・・・

2021.05.18  著者:《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》福田俊介

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

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