2023年12月22日(金)開催
淀屋橋心理療法センターミニ講演会
いじめについてできること
この記事は「どうやったら世の中からいじめをなくせるか?」ということを書いていません。 「いじめをなくす」ということは残念ながら不可能に近いと思うからです。
しかし、いじめをなくすということは難しいですが、起こってしまったいじめを解決させる、ということは必ずできます。
今、この記事を読んでくださっているのは、いじめられているお子さんを持つご家族の方でしょうか、いじめが起こっている学校の先生でしょうか。
あるいは、今現在いじめを受けてとてもつらい思いをされているお子さん自身でしょうか。
今回の記事では、いじめが起こる構造や、いじめの解決に為に周りが何をすべきか、その他いじめ解決の失敗パターンなどを、淀屋橋心理療法センター所長・医師の福田俊一による講演と、中井久夫さんの著書を一部引用させていただき、お話ししていきます。
目次
「いじめがある世界に生きる君たちへ」
著書・中井久夫さんはどんな人?
病室の扉をあけるとき、まずそっと顔だけのぞかせて誰にもぶつからないことを確認してからあける。そんな習慣に患者さんから「亀」というあだ名をいただいた
引用 中井久夫 いじめのある世界に生きる君たちへ P84
中井久夫 (なかい ひさお 1934年1月16日 – 2022年8月8日)日本の医学者・精神科医。専門は、精神病理学・病跡学。神戸大学名誉教授。学位は、医学博士(京都大学・論文博士・1966年)。文化功労者
いじめのある世界に生きる君たちへ -中井久夫 著|単行本|中央公論新社 (chuko.co.jp)
人の心に寄り添い続けた中井久夫さん
中井久夫さんという精神科医師をご存じでしょうか?
「いじめの政治学」や「いじめのある世界に生きる君たちへ」などいじめに関する題材の著書や、「日本社会における外傷性ストレス」「統合失調症とトラウマ」など、人の心の痛み寄り添った著書を数多く世に出している方でもあります。
阪神淡路大震災(1995年)の時には、現場で傷ついた被災者を支え続け、被災者の心のケアの必要性を訴えました。また、それを契機にPTSD(心的外傷後ストレス障害)の研究や紹介を精力的に行いました。
中井久夫さんについて調べてみると、優しい人柄が見えてきました。常に患者さんと同じ目線に立って物事を考え、会話し、元気になる道を一生懸命考えてくださる、人の心を何より大切にされている方なのだと感じます。今回のいじめの講演会では、そんな中井久夫さんの著書である「いじめのある世界に生きる君たちへ」を一部参考・引用させていただきました。
集団の中でいじめはどのようにして作られていくの?
いじめは、他人を支配し、言いなりにすることです。そこには他人を支配していくための独特な仕組みがありそうです。その仕組みを観察してみると、なかなか精巧にできているのです。うまく立ち回ったり、力を見せつけたり・・・いじめをめぐる子どもたちの動きは、大人もびっくりするくらい政治的です。
引用 中井久夫 いじめのある世界に生きる君たちへ P26
中井久夫さんは著書の中で、いじめが進んでいく段階をこのように分けています。
出典 中井久夫 いじめのある世界に生きる君たちへ P27
いじめのターゲットを「孤独化」「無力化」「透明化」させていくために計画的な段階を踏む事とは、一見「本当にこんな事を、子どもができるの…?」と思うような複雑で残酷な仕組みと感じます。
しかし同時に、実はとても日常的に、私たちの人間関係の中に潜んでいる身近な仕組みであることにも気づかされました。
詳しくお知りになりたい方は、ぜひ中井久夫著書「いじめのある世界に生きる君たちへ」をご覧いただけたらと思います。
今回は、その中の第一段階「孤立化」に焦点を当ててお話させていただきます。
いじめられている子を【孤立させない】プログラムを!
いじめの第一段階「孤立化」とは何か
なぜ、いじめの第一段階が「孤立化」なのでしょうか。
その理由を、著書の中ではこのように書かれています。
孤立していないひとは、時たまいじめられるかもしれませんが、ずっといじめられることはありません。立ち直るチャンスもあります。逆に立ち直るチャンスを与えず、ずっといじめるためには、その人を孤立にさせる必要があります。そう、いじめの最初の作戦は、「孤立化作戦」です。
引用 中井久夫著書 いじめのある世界に生きる君たちへ P27.28
子どものいじめには、「いじめの被害者」と「いじめの加害者」がいます。
そして、「傍観者」や「大人たち」がいます。
傍観者は、加害者からの「あいつはこんなにも悪いところがある」という巧みな情報に流されたり、自身の安全を確保する為に、徐々に被害者から距離を取り出します。
加害者がうまく情報を流す事に成功すれば、まわりの大人ですら巻き込まれる事もあります。
そうなると、被害者本人も、すっかり自分に自信をなくします。
「自分はいじめられても仕方ない人間かもしれない」と考えるようになるのです。
「孤立化」とは、加害者、傍観者、まわりの大人たち、そして被害者本人までもが、「被害者が孤立する事はやむを得ない」という意識を作り上げていく事なのだと思います。
とても恐ろしいですね。
いじめの流れを変えるためには
淀屋橋心理療法センター所長・精神科医師の福田俊一は、
いじめの第一段階が、“いじめられている子の孤立”であれば、孤立化を防ぐ手を打つことで、いじめの流れを変えられるのではないかと考え、いじめ問題解決のための実践に用いています。そしてそれは、いじめの解決につながる大きな成果を上げています。
いじめの解決には、初期の段階で、学校、担任やほかのクラスの先生、親やクラスの子ども達、いじめられている子の周りを囲むみんなを巻き込んでの「孤立させないプログラム」を早急に作り、実行する必要があります。
では、具体的にはどのような事をすれば良いでしょうか?
孤立化を防ぐためには【情報のパイプを切らさないこと】
情報のパイプの重要性
いじめの第一段階である「孤立化」を防ぐために大事なのは、援助する大人たち(学校の先生や、親御さんなど)が、被害者との情報のパイプを切らさないよう細心の注意を払う事です。
情報のパイプは、非常に繊細で壊れやすいものです。
このパイプが切れてしまうと、被害者はあっという間に「孤立化」してしまうのです。
ネガティブな言葉「チクる」がクセ者!
精神科医師福田は、被害者との情報のパイプを切らさないための対策の重要なポイントの一つとして、「チクる」ことの重要性を挙げています。
「チクる」という言葉は、子ども達にとって、とてもネガティブなイメージを与えますね。
被害者がSOSを出そうとした時に、加害者がそれをブロックするために「お前、チクったな!」という言葉が出てくることがしばしばあります。
被害者が助けを求めること自体は正当な権利であり、むしろ推奨されるべきことです。
しかし、「チクる」という言葉のネガティブなイメージは、大人に助けを求めたいと思っている被害者にとって、とても大きな妨げになっているのです。
「チクる」=先生に言いつけ、クラスの仲間の暗黙の信頼を裏切るかのようなイメージを与えてしまします。そして「チクる」ことにより、被害者が悪者(不利)になるような雰囲気がクラス全体に広まることさえあるのです。
そこで、いじめ問題の解決の一つとして
「チクる」という言葉のネガティブなイメージをいかに払拭するかが大事であると断言できます。
被害者が大人に対し、SOSを出しやすい環境を作るためには、「チクる」=「悪いことをしている」というイメージを、もう少しポジティブで「重要なことをしている」というイメージに変える必要があるということです。
では、イメージはどのように変えていけるのでしょうか?
例えば、クラスで議論の場を設けてみるのはどうでしょう?
「チクる」ということのマイナス面やプラス面について話し合います。
「チクるということはマイナスな事ばかりだろうか?プラス面もあるんじゃないの…?」
というような事をクラスのみんなで話し合ってみると、クラスの雰囲気や「チクる」という行動に対するイメージを変えることができるのではないでしょうか。
それだけで加害者達は、被害者を孤立させる事をやりにくくなったりするのです。
「チクる」という事は大事な情報のパイプと言えます。
被害者が罪悪感や恐怖を感じずに、大人たちに伝える・助けを求めることが出来るよう、また、その環境を学校全体で作ることができるよう、大人たちは早急に対策を考える必要があります。
中井久夫は著書の中でこのように言います。
まずいじめられている子どもの安全の確保であり、孤立感の解消であり、二度と孤立させないという大人の責任ある保証の言葉であり、その実行である
引用 中井久夫著書 いじめのある世界に生きる君たちへ P77,78
いじめ解決は【失敗】しやすい
いじめ解決作戦の失敗
被害者からの情報のパイプが切れてしまえば、いじめ解決作戦は失敗と言えるでしょう。
情報のパイプは非常に繊細で壊れやすいものです。
いじめ被害者は、「先生に言っても意味がない」「親に言っても意味がない」と判断した途端、黙ってしまう場合があります。すると、いじめが続いているのか、本人が困っているのか、全くわからなくなってしまいます。
いじめ解決作戦の失敗例
どのような場合、被害者は「言っても意味がない」と判断してしまうのでしょうか。 その一例をあげます。
- 被害者から、「いじめを受けて困っている」という相談を受けた。
担任が、被害者と加害者を同席させ、話し合わせ、謝らせ、和解させ、握手させる。
担任の前では握手したが、その後、より陰湿で見えにくいいじめに変わった。
その後、被害者からの相談はなくなった。 - 被害者の子どもや親が、クラスの担任に助けを求めた。
担任は「現場を押さえないと介入できない」「あなたにも問題があるんじゃないの?」などと言い、被害者に努力を求めた。
被害者から助けを求められても、上手く対応できずにむしろ「情報のパイプを切ってしまう」という逆効果の行動をしてしまう大人がとても多いのも事実です。
その事実を受け止め、注意して援助することが大切です。
残念ながら大人がいじめに対して有効な介入をしないことがあまりに多いのです。
引用 中井久夫著書 いじめのある世界に生きる君たちへ P43
【小さなエピソード】
~こうちゃんが「気にするな」って言ってくれた~
当時小学6年生だったこうちゃんが、いじめられていた年下のはるきくんに、「ちょっとした一言」声を掛けたことにより、いじめがなくなっていきました。
その時の様子を、大人になったこうちゃんが語ってくれました。
たいした事したわけじゃないんだけど・・・
小学校6年生の時、同じ登校班だった年下(小学校4年生)のはるきが、同級生たちにいじめられていたんだよね。
悪口を言われたり、蹴られたり。
それで僕ははるきに「あいつらの事なんて気にするなよ」って声をかけたんだよ。
そしたらはるき、家に帰ってお母さんに
「僕、いじめられてるんだ。だけど“気にするな”って6年生のこうちゃんが言ってくれた」
って、泣きながら打ち明けたらしい。
はるきのお母さんが、僕のお母さんに
「こうちゃんが“気にするな”って声をかけてくれたから、はるき、私に打ち明けることができたみたい。ありがとう」
って後から教えてくれて知ったんだけどね。
はるきのお母さん、すぐに学校の先生やまわりのお母さん達に相談したみたい。
僕にも「もしまたはるきがいじめられていたら、こうちゃん、助けてもらえないかな?」
って相談してきたんだ。
それで僕も、はるきがいじめられている時は助けにいったし、先生たちも動いたから、その内いじめはなくなったんだよね。
これは、筆者が知り合いから聞いた、いじめのエピソードです。
今回の記事の大事なポイントである「孤立化を防ぐ」事と少しだけ通ずるものがあったので掲載させていただきました。
こうちゃんは最初、いじめっ子に「やめろ」と声をかけるのではなく、いじめられている子(はるき君)に「気にするな」と声をかけました。
それが、はるき君の孤立化を防ぐきっかけになったのではないかと思います。
「気にするな」という言葉は、いじめを救うにはあまりにも簡単で素っ気ない言葉にも聞こえます。しかし、はるき君にとってこの言葉は、お母さんに打ち明ける勇気をくれた嬉しい一言だったようです。
いじめられている子が「自分には味方をしてくれる人がいる」と思えることが、何より大切だと思います。その安心感や心強さが、立ち上がる勇気に繋がるからです。
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