2024年7月1日(月)、淀屋橋心理療法センターにて、「いじめに関するカウンセリング治療説明会 〜いじめ解決の新しい視点〜」を開催しました。さまざまな角度から、いじめ問題とその解決方法についてお話ししたいと思います。
目次
日本のいじめ問題の現状
文部科学省の調べでは、2022年度には全国の小中学校で認知されたいじめの件数が68万件を超え、過去最多となりました。いじめは現代の社会や技術の進展と共に多様化し、さまざまな形態で現れています。
特に近年「ネットいじめ」が増加しており、SNSやメッセージアプリを使った誹謗中傷や嫌がらせが多く報告されています。その一方で、無視や悪口など言葉や態度で相手を傷つける心理的ないじめ、直接的な暴力など身体的ないじめも依然として存在します。
いじめ件数の増加に伴い、いじめによる重大事態(自殺や不登校など生命や心身に大きな被害が生じたケース)も増加しており、いじめがどれほど深刻な影響を及ぼすかを示しています。
今回の『いじめに関するカウンセリング治療説明会』の中でも、いじめが及ぼす影響について語られました。
(参照:文部科学省 『令和4年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果』)
いじめがその後の人生に及ぼす影響
「生まれつき顔にあざがあり、学校でいじめられた」
精神科医 福田俊一の衝撃的な言葉から、『いじめに関するカウンセリング治療説明会』が始まりました。
これは淀屋橋心理療法センターで実際に扱った、成人男性の事例です。続いていくつものいじめの事例が紹介されました。
いじめが原因で重大な後遺症を残した事例
・生まれつきの顔のあざが原因でいじめられた。その後不登校気味になり、大人になってからも仕事がうまくいかず、アルバイトも辞めて、引きこもりになってしまった。(36歳 男性)
・小学校1年生の時に友人から受けた暴力がトラウマになり、中学生になってもフラッシュバックが続いている。「僕は二十歳まで生きられたら良い」と、生きることを諦めてしまっている。(中学1年生 男子)
・友達からいじわるをされやすい性格で、自分に自信を失ってしまい、不登校気味になり深夜3時〜5時にならないと寝付けない。(高校2年生 女子)
・担任から体罰を受けたのをきっかけにクラスの大半から無視されるようになり、「学校は好きだけど行きたくない」と言っている。チック症状や歯の食いしばりで前歯の大半が削れてしまった。(小学5年生 男子)
・学校でのいじめがきっかけで人に会うのが怖くなった。「いじめられるのは私のせい」と思い込み、働くこともできない。(28歳女性)
当センターの事例の中だけでも、多数のいじめの案件が存在します。
それも、いじめだけの問題だけにとどまらず、不登校・引きこもり・摂食障害・家庭内暴力・不安障害・リストカット・非行・トラウマなど、いじめが原因で深刻な後遺症を残してしまった事例も多く見られます。
いじめは、いじめられた側の心に深い傷を残します。
いじめの後遺症について、「嫌な気持ちが尾を引く」という程度に考える方もおられるかもしれませんが、その後の人生に大きなマイナスの影響を与える場合が少なからずあるのです。
いじめがその後の人生にまで影響するのはなぜか?
親の目から見ると、「学校でのいじめは、卒業すれば終わるもの」と思われるかもしれません。
しかしいじめには、ひとりの人間として大切な根っこの部分を揺るがし、軸をぐらつかせてしまうくらいの強い影響力があるのです。
特にそれがまだ自我が固まっていない、成長・発達段階にあるお子さんの場合であればなおさらです。
また、いじめられたことを「人生の恥」と感じたり、自分の人格のすべてを否定された気持ちになったりするお子さんもいます。
学校を卒業して、いじめられる環境を抜け出した後も、必要以上に人に気を使うようになったり、人に対して緊張するようになったり、自分らしい自然な振る舞い方を忘れてしまったり・・・。
そうなると、日々の生活の中で常にストレスを感じていなければなりません。そのストレスが積み重なって蓄積され、いつの間にか大きな心の重荷になります。心の重荷は「生きづらさ」へとつながり、人生の歯車が狂ってしまうのです。
現在進行形のいじめ対処にどこで失敗しやすいか
ここまで、いじめられた後のことについてお話ししてきましたが、現在進行形のいじめについてはどうでしょうか。
「現在進行形のいじめを解決する作戦は、失敗しやすい」と精神科医 福田俊一は言います。
しかし「どこで失敗しやすいか」ということについては、世間では深く研究されておらず、論文などもありません。
子どものいじめの問題を解決しようと大人が介入する際、失敗しやすいパターンを例として三つ挙げてみましょう。
①いじめられている子に努力を求めてしまう
一つ目に失敗しやすい例として、いじめられている側の子に努力を求めてしまうという例があります。
いじめられている子が親や担任の先生に訴えて助けを求めても、
「いじめられるのには、あなたにも問題があるからではないの?」
「いじめられたら、自分で言い返しなさい」
親御さんの「自分で問題を解決できる強さを身につけてほしい」という気持ちから、こういった対応をとってしまうこともあるかもしれません。
しかし、勇気を出して相談してきたお子さんをこの段階で突き放すのは良い方法とは言えません。
いじめられている側の努力が足りないのだという対応をしてしまうと、お子さんは「大人に相談しても無駄だ」と感じて、心を閉ざし、口をつぐんでしまうのです。
②表面的な和解をさせようとする
二つ目は、いじめられた側といじめた側を、無理に和解させようとする場合です。
以下のような事例がありました。いじめの相談を聞いた担任の先生が、いじめられた側の生徒といじめた側の生徒を同席させ、話合いで解決させようとしました。いじめた側の生徒に謝罪させ、双方で仲直りの握手をさせたのです。
その場では和解したように見え、わかりやすい形でのいじめは無くなりました。しかしそれ以降は、すれ違いざまに「キモっ」と呟かれたり、グループワークの授業中に複数人で示し合わせて無視されたりといった、より陰湿な形のいじめに発展してしまったのです。
この事例のように、大人が間に入って表面的に仲直りをさせようとしても、双方を納得させることは困難です。
かえっていじめられている側を複雑な立場へと追い込んでしまう結果になりかねません。
この例でも、いじめられた側の子は、「こんなことなら相談しなければ良かった」と心を閉ざしてしまうでしょう。
③子どもに内緒で解決しようとする
三つ目は、お子さんのいないところでいじめを解決しようとする例です。
我が子がいじめられていると知った親御さんが、お子さんのいないところで勝手に解決しようとして、いじめている相手の親に苦情を申し立てるという場合があります。
相手の親はいじめをした自分の子どもを問い詰め、叱ります。いじめた側の子は「親にチクられたせいで叱られた」と感じ、報復を考えます。 そうすると、②の場合と同じように水面下でいじめの状況が悪化することになりかねません。
また、いじめられた側の子も、「どうして勝手なことをしたの?」と親御さんに対する信頼を失い、もう相談しようと思わなくなってしまうでしょう。
いじめ問題を解決する糸口
前項では、いじめ問題に大人が介入して失敗しやすいパターンを三つ見てきました。
どの例も、いじめを早期に解決しようとしてやってしまいがちなことですが、何がいけなかったのでしょう?
三つの例に共通する失敗の原因は、お子さんに「親や先生に相談しても無駄」「相談したらかえって悪い状況になる」と思わせてしまったことです。こうなると親御さんとお子さんをつなぐパイプが切れ、お子さんは学校でも家庭でも孤立してしまうのです。
いじめ解決の鍵は子どもとのパイプを切らさないこと
親御さんとお子さんをつなぐパイプが切れてしまうと、いじめが続いているのかいないのか、本人が困っているのかいないのか、状況を把握することが難しく、いじめの解決が非常に困難になります。
現在進行形のいじめを解決するためには、いじめられているお子さん本人と援助者(親や先生)とのパイプを切らさないことが重要なのです。
では、どうしたらお子さんとのパイプを切らさないでいることができるのでしょうか?
パイプをつないでおくことは重要なことですが、意外に難しいことなのです。
子どもが相談しやすい関係性を作っておく
親御さんに「学校でいじめられてない?」とストレートに尋ねられて、「はい、そうです」と正直に話すお子さんは少ないでしょう。
お子さんが親御さんにいじめを打ち明け、親子で立ち向かえるようになるには、普段からどれだけ話しやすい関係性を築けているか、日頃から「雑談」ができているかが大切です。
お子さんが、自分の好きなものや興味のあること、こう思うという自分の考え、ちょっとした不安や困りごとについて、気軽に親御さんに話せる関係性であるかどうかが重要になってきます。
この何気ない雑談が親御さんとお子さんとのパイプを太くし、お子さんが安心して相談できる環境につながっていくのです。 こうして日頃から話しやすい関係性であれば、「最近、学校で困ったことがあるんだけど、聞いてくれる?」 …そんな風にお子さんの方から切り出してくれるかもしれません。
いじめ問題に親が介入する場合
お子さんだけでいじめの問題を解決するのが困難で、親御さんが介入する場合もあるかと思います。 その場合も、お子さんとの間のパイプが切れないように慎重に進める必要があります。 行動を起こす前にお子さんとよく話し合って、お子さんが納得してから動く。起こりうる出来事を想定して、対応策を一緒に考えておくというのも一つの方法です。
例えば、 「お母さんから担任の先生に話してみようと思うのだけど、どう思う?」 「お母さんが先生に話すことで、相手は告げ口されたと怒るかもしれないね。そうなったらどうしようか?」 といった具合です。お子さん本人の意思や感情を確認しながら進めることが大切です。
また、介入することで味方が増えるかどうかも重要な点です。 いじめの問題解決には、親御さんを始め、学校の先生、他の友達、その保護者、スクールカウンセラーなど、味方になってくれる人を増やし、お子さんを孤立させないことが大切なのです。
いじめとは何か
ここからは、「いじめ」そのものについて考えてみましょう。 古今東西、人が集まるところにはさまざまな形でいじめが存在し、無くなることがありません。 ちょっとした言葉によるからかいから、身体的な暴力を伴うもの、精神的に追い込み相手を自殺に至らしめるものまで、さまざまです。いじめの内容によらず「本人がどれだけ辛いか」が問題であると精神科医 福田俊一は言います。
いじめの見分け方
今回の『いじめに関するカウンセリング治療説明会』では、精神病理学者で精神科医の中井久夫氏(1934-2022)の著書『いじめのある世界に生きる君たちへ』を題材に、「いじめる側といじめられる側」について考える機会を持ちました。
中井久夫氏いわく、いじめかどうかの見分け方は、「立場の入れ替えがあるかどうか」ということです。 例えば鬼ごっこをしていて、いつも特定の子が鬼であれば、それはいじめだというのです。
子どもの世界では、遊びの中でからかったり、からかわれたりするのはよくあることです。 中井久夫氏の考えによれば、これが相互に行われる関係なら遊びの範疇、いつもターゲットが特定されているようならそれはいじめの可能性があるということになります。
「孤立化」がいじめのキーワード
中井久夫氏は、「いじめの最初の作戦は『孤立化作戦』だ」と言います。 いじめる側は、いじめを周囲にアピールしたい時は大勢の前でやります。 そうすることによって、「あいつはいじめられても仕方がない」と周りに印象付け、本人にも「自分はいじめられても仕方がない」という気持ちにさせるのです。
また、いじめる側は、相手を屈服させたい時には相手が一人でいる時を選びます。これにより、いじめられる側は「自分はひとりぼっちの存在だ」とだんだん思い込むようになります。いじめられる側がいつ、どこにいても孤立無縁であることを実感させるやり方が「孤立化作戦」なのです。 (参照:中井久夫著 『いじめのある世界に生きる君たちへ』)
いじめをめぐる それぞれの立場
いじめは「加害者」と「被害者」の二者関係だけで成り立つものではありません。 その間には、「観衆」(周りではやし立てる)、「仲裁者」(やめろと言って止めようとする)や「通報者」(先生に知らせる)、「傍観者」(別に何もしない)などが存在します。
仲裁者・通報者・傍観者
特に日本では他国と比較して、「仲裁者」や「通報者」が少なく、「傍観者」が多く存在し、その傾向は小学校から中学校にかけて、学年が上がるほど顕著になるという報告もあります。
「傍観者」の心理は、「自分じゃなくて良かった」という安心感です。
「仲裁」したり「通報」したりすると、自分がいじめのターゲットになる可能性があるので、「傍観」してしまうという心理も理解できなくはありません。
しかし、傍観者が多いということは、クラス全体でいじめを容認するような雰囲気を作ってしまいます。「加害者」は味方を得たような気持ちになり、いじめが深刻化・長期化しやすくなると考えられます。
「仲裁者」や「通報者」を増やすことがいじめ問題の課題の一つとされています。
(参考:国立教育政策研究所・文部科学省編『平成17年度教育改革国際シンポジウム「子どもを問題行動に向かわせないために ~いじめに関する追跡調査と国際比較を踏まえて~」 報告書』より)
「チクる」という言葉について
今回の『いじめに関するカウンセリング治療説明会』では、「チクる」という言葉について考える機会がありました。説明会の参加者に「チクる」という言葉のイメージを聞いたところ、「告げ口する・言いつける・友達を裏切る・卑怯・ずるい・裏でこそこそする・大人を使って解決しようとする・弱虫」といった回答が挙げられました。
どうやら「チクる」という言葉には、ネガティブなイメージを持たれる場合が多いようです。
前述したいじめの「通報者」の行為は、まさしく「チクる」に相当するのではないでしょうか。
いじめを先生に「通報」すると、「お前、チクったな!」などと言われ、正しいことをしても、何やら自分の方が卑怯なことをしたような気分にさせられる… 「チクる」とはそんな奇妙な言葉です。
「チクる」というのは、いじめる側が使い始めた言葉ではないでしょうか。
なぜなら「チクられる」と、いじめがやりにくくなるからです。いじめる側に都合が良いように、それをする人が罪悪感を持つよう仕向けるために作られた言葉なのかもしれません。
この「チクる」という言葉が持つネガティブなイメージを払拭することができれば。あるいは、「チクる」という以外に、良い表現があれば、いじめの問題を相談しやすくなり、クラスのムードを変えることができるのではないか?
…これは当センターの精神科医 福田俊一が以前から考えていることです。
どなたか良いアイデアがあれば、ぜひご協力いただけないでしょうか。
いじめについてのディスカッションより
今回の『いじめに関するカウンセリング治療説明会』では、〜いじめ解決の新しい視点〜というテーマの通り、いじめについてさまざまな角度から考える機会になりました。
説明会後のディスカッションではこんな話題も出ました。
「いじめを無くすことはできるか?」
「冒頭に挙げたような、いじめがその後の人生に重大な影響を及ぼすということを、子どもたちに早期のうちに教育すれば、何か変わるのではないか?」
「『いじめは犯罪である・いじめをすることはカッコ悪いことだ』という概念が根付けば、いじめをする人はいなくなるのではないか?」
答えは出なくとも、いじめについて考え続けることは、とても有意義なことではないでしょうか。
いじめを傍観する風潮を作らないこと、多くの人がいじめ問題に関心を寄せ世論を変えようと動くことが「孤立化」を防ぐ手立てにつながればと思います。
いじめの後遺症や不登校をカウンセリングで解決
淀屋橋心理療法センターでは、いじめ問題だけでなく、いじめが原因で不登校や引きこもり、摂食障害や家庭内暴力など、重大な事態に発展した多くのケースをカウンセリングで解決してきた豊富な経験と実績があります。
さまざまなテーマで説明会や勉強会も定期的に開催しております。いじめ問題や後遺症について、私たちと一緒に考えませんか?
いじめに関するカウンセリング治療説明会のご案内
『いじめに関するカウンセリング治療説明会』は、定期的に開催しています。
お子さんのいじめに悩んでおられる親御さんだけでなく、学校の先生もご参加いただけます。
開催の日程等は、HPや淀屋橋心理療法センター公式LINEにて情報を発信していますので、登録をしていただければお知らせが届いて便利です。淀屋橋心理療法センター公式LINEでは、その他様々な講演会のお知らせや、HP最新記事のお知らせなども配信しておりますのでご活用ください。
カウンセリングにはお子さんの来所不要
淀屋橋心理療法センターの家族療法カウンセリングは、多くの場合、子どもの来所なしで行います。 親御さんとのカウンセリングだけで子どもさんの問題を解決していくのが特徴で、家族療法の中でも珍しい手法です。
子どもが来所しなくても良いのは、親御さんにとっても子どもさんにとっても負担が少なく、大きなメリットになります。
オンラインカウンセリングや事前相談も
いじめやそれにまつわる問題について、専門のカウンセラーが一緒に考え、解決までのお手伝いをいたします。
家族療法カウンセリングは、親御さんに来所していただく対面によるものと、在宅でできるオンラインによるものがあり、どちらも対応可能です。
遠方にお住まいの方や、ご都合でお家を空けられない方にはオンラインによるカウンセリングが便利です。
対面の場合は、本格的なカウンセリングを開始する前の事前相談も受け付けております。カウンセラーがお子さんについて丁寧に聞き取りをして、どのように伸ばすことができるか判断いたします。しっかりと親御さんにご納得いただいてからカウンセリングを開始していただけます。
いじめに悩むご家族の方へ
この記事では、『いじめに関するカウンセリング治療説明会』で語られた内容を元にお話ししてきました。
近年増加する一方のいじめ件数。単なる数字の向こうにはその数だけ、潜在的にはそれ以上の数の、いじめに悩むお子さんと親御さんがおられるのだということを実感しました。
淀屋橋心理療法センターでは、大切なお子さんとご家族のために、いじめ問題とその後遺症を解決するまでの道のりをお手伝いしています。