
リストカットをやめられないー DV彼氏と別れられないー
そんなユリさん(仮名)が、DV彼氏との別れを決断し、わずか4ヵ月でリストカットを克服した事例をご紹介します。
ユリさんは20歳の女性。気分の浮き沈みが激しく、落ち込んだときにリストカットをしてしまいます。
ユリさんのお母さんは、娘の繰り返されるリストカットに思い悩み、淀屋橋心理療法センターに来所されました。
当センターは、お子さんご本人抜きの、親御さんとのカウンセリングにより、お子さんの問題を解決に導いております。
さあ、お母さんのみのカウンセリングで、ユリさんはどのように変化していったのでしょうか…
リストカット克服までに至った彼女の成長と、お母さんの心境の変化を、一部お届けします。
目次
リストカットを繰り返すユリさんとDV彼氏
ユリさんは短期大学を卒業し、ショップスタッフとしてアパレル店に務め始めました。 実家で両親と住んでいますが、家に帰って来ないことも頻繁です。
というのも、ユリさんにはお付き合いして1年ほどの彼氏がいて、彼の家で過ごすことが多かったからです。しかしその彼は、なんとユリさんに暴言や暴力を振るう、いわゆる“DV彼氏”でした。ユリさんは日々、彼のひどい言動に悩まされていました。
気分が沈んだ時にリストカットをしてしまうユリさんは、度々起こる彼との喧嘩の後も、リストカットをしては自分を傷つけます。
以前は跡が目立たないところにしていたものの、今や腕や肘、ひどいときには、なんと腰まで…
彼がいなかったら生きていけない…強引に別れさせるも失敗
この事態に心をすり減らしているのは、ユリさんご本人だけではありません。
娘の心と身体が傷ついていく様子は、親御さんにとって見るに耐えられないものです。
親御さんはユリさんに、DV彼氏と別れるよう何度も説得を試みますが、
「私は彼がいなかったら生きていけない。」
と一向に別れようとしません。
親御さんが2人の間に入り、強引に別れさせたことも何度かありましたが、結局どれも上手くいきません。すぐにヨリを戻して、また同じことの繰り返しです。
診断は境界性パーソナリティ障害 お母さんも苦悩の毎日
お母さんは淀屋橋心理療法センターに来所される前にも、ユリさんを連れて複数の心療内科に掛かりました。ユリさんはそこで、境界性パーソナリティ障害と診断されます。
境界性パーソナリティ障害は、気分の波が激しく、感情や対人関係が極めて不安定であるという特徴があります。また、孤独を極端に恐れ、その回避や解決法として、自傷行為などの自己破壊的行動に走る傾向があります。
お母さんはそんなユリさんのことを少しでも理解しようと、何冊も本を読んで知識を得るなど、ユリさんのリストカットを止めることに努力を惜しみませんでした。
それでも、ユリさんの状況が安定して改善されることはありませんでした。親御さんは、夜も眠れず、何を食べても美味しく感じず、不安に押しつぶされそうな毎日です。
臨床心理士・福田俊介のコメント① リストカットと付随問題
リストカットのご相談では、他の問題が付随している場合が少なくありません。よくあるのが、オーバードーズ(OD)や引きこもり(不機嫌になって何日も部屋から出て来ない)など。
ユリさんの場合は、DV彼氏と別れることができないことでした。このような複雑な問題も、リストカットの治療と共に解決できるのが、淀屋橋心理療法センターの家族療法カウンセリングです。
カウンセリング開始|カウンセラーからの具体的なアドバイス
困り果てた様子のお母さんからご相談をいただき、カウンセリング治療が開始されました。
カウンセラーはお母さんに、ユリさんの性格や普段の様子を伺い、色々な角度からユリさんの特徴をつかみます。
リストカットをする子どもは、悩みや不安を感じても、周りに相談せずに自分の中にモヤモヤを溜め込む傾向があります。お母さんの話によると、ユリさんも自分の気持ちを周囲に表現するタイプではないようです。
ユリさんが少しずつ自分の気持ちを表現できるように、カウンセラーはお母さんに、ユリさんに合った接し方をアドバイスします。
アドバイス① DV彼氏との交際に口を出すのは控えましょう
娘がDV彼氏と交際しており、今からその彼に会いにいくようなら、親としては黙っていられません。ユリさんのお母さんも、「行かせられない」「早く帰ってきなさい」と散々口に出したり、態度に示したりしてきました。
しかし、お母さんの忠告をすんなり受け入れるユリさんではありません。それどころか、最近は「仕事のシフトが変わった」「友だちと遊びに行く」などと適当な嘘をついてまで彼に会いに行くようになりました。
お母さんがいくら気にかけても、いくら不安になっても、結局ユリさんの行動は止められないのです。「かえってお母さんとの距離が開いてしまうことを防ぐためにも、彼との交際には口を出さない方が賢明でしょう。」とアドバイス。
アドバイス② 甘えたい子には甘えてもらいましょう
ユリさんは機嫌が良いとき、お母さんにくっつくなど、甘える素振りを見せます。ただ、ユリさんのお母さんは、自身が両親に甘えてこなかったので、ユリさんの甘える態度に戸惑うこともあるそうです。
親子でも、性格はそれぞれ違います。ユリさんは甘えたいタイプなのでしょう。「そういう子には思う存分、甘えてもらいましょう。」
カウンセリング1ヵ月後|追い詰められるユリさんに現れ始めた小さな変化
カウンセリング開始から1ヵ月ほど、お母さんがユリさんに合った接し方のコツをつかみ始めていた頃です。
ある日、お母さんがショックを受けることが起こりました。
なんとユリさんの部屋から、輪っか状にされたロープが見つかりました。結び目はきつく、そして丁寧に結ばれていたことから、お母さんはユリさんが自殺をするつもりだと悟り、ひどく動揺されました。
実行には至らなかったものの、娘はそれほどまでに精神的に追い詰められていたのか…とお母さんの心は、かつてないほど深く傷つきました。
言葉で気持ちを表現できるようになってきた
そんな衝撃的なことが起こった中でも、屈せずカウンセリングに通い続けてくださったお母さん。それはお母さんがカウンセラーと一緒に、ユリさんの小さな成長を受け止められていたことが関係しているのです。
例えば、ユリさんは勤務先まで迎えに来てくれたお母さんに「私のためにありがとう」と伝えました。「ありがとう」を聞いたのは6年ぶりだと、お母さんは感動しておられます。
他にも、不機嫌になってお母さんに八つ当たりした後に「ごめん」「こういうことで苛立った」と表現できるようになってきました。
そんな小さな変化をカウンセラーと一緒に確認できていたため、お母さんはユリさんの内面の成長と、カウンセリングの効果を実感し、ユリさんと向き合う努力をやめません。
臨床心理士・福田俊介のコメント② 小さな変化を見逃さないで喜びましょう
親御さんがお子さんの自傷行為の有無に着目してしまうのは当然のことでしょう。しかし、自傷行為そのものは、そう簡単に無くなりません。
内面の成長は、根本的に自傷行為を克服するうえで欠かせないことであり、小さな成長の積み重ねが問題の解決に結びつきます。そのため、カウンセリングではお子さんの小さな変化をカウンセラーと一緒にしっかりとキャッチしていきます。
カウンセリング2ヵ月後|お母さんとの会話が増え、自発的な行動が増えた
カウンセリング開始から2ヵ月が経ち、ユリさんとお母さんの会話量が格段に増えました。カウンセラーは、ユリさんの普段の様子を伺い、お母さんと一緒に小さな成長を確認していきます。
人目を気にして一人で出かけられなかった彼女が、ある日一人で映画を観に行き、買い物までしてきました。両親の結婚記念日には、初めてお花をプレゼントしてくれました。ユリさんに、自発的な行動が増えてきました。
お母さんと少し揉めた時も、後で「ごめんね」とユリさんからメッセージを送ってきます。嫌なことがあるとお母さんからの連絡を断固無視し続けていた以前と比べて、気持ちの切り替えが上手になりました。
しかし、DV彼氏とはまだ頻繁に会っているようです。
ユリさんが世話をするという条件で飼い始めたネコも、家族に任せっぱなし。お母さんには、明日帰るという一方的な連絡のみ。
彼と喧嘩して荒れた際は、リストカットをして、長い時間ベットから動きませんでした。
ユリさんの泣き腫らした顔と、腕の4本もの痕が、生々しく彼女の心の叫びを訴えていました。
浮き沈みの激しいユリさんに疲弊するお母さん
良くなってきたかと思う反面、DV彼氏との交際やリストカットはまだ続いており、未だに感情の起伏が激しいユリさん。日毎に浮き沈みするユリさんの気持ちに、お母さんも心身ともに疲労が蓄積されてきます。
しかし一方で、お母さんのユリさんへの接し方は確実に良くなってきています。
カウンセラーはお母さんに、ユリさんが機嫌の良い時、荒れた時のそれぞれの対応を指導しました。
臨床心理士・福田俊介のコメント③会話量が増えた理由
ユリさんとお母さんの会話量が劇的に増えましたが、一体なぜでしょうか。
きっとお母さんが、ユリさんにとって“声をかけやすい人”“しっかりと話しを聞いてもらえる人”になれたのでしょう。お母さんはユリさんが話しやすくなる接し方のコツをつかまれ、会話がぐんと伸びてきました。
カウンセリング3ヵ月後「一番の復讐は私が幸せになること」DV彼氏と別れて前向きに
お母さんがユリさんを職場まで送る車中にも、良い変化が現れました。以前のユリさんはスマホばかり見て、会話がはずみませんでしたが、最近は会話が長続きし、よく笑うようになってきました。
そんなある日、ユリさんはお母さんとの会話の中で、こんなことを言いました。
「私はあまり話しかけてもらえるタイプじゃないから、職場で嫌われてると思っていたけど、別にそうでもなかったんだな。最近思ったわ。」
お母さんが、おっと思われた瞬間でした。
また、別の日には、こんなことを言いました。
「この前、気の合わない人と同じ時間に仕事が終わったんだけど、話が合わないから私は先に一人で帰った。私って今まで結構気を遣ってたんだろうな。」
他にも、どんどんイキイキしてきて、ダンススタジオでジャズダンスを習い始めます。
言動に自信が現れてきます。
そんなのぼり調子だったあるとき、ユリさん、DV彼氏と別れました!
別れる前は「もう彼と別れようと思う」「私、大丈夫かな」と不安をもらしていたユリさんですが、ようやく別れの決断ができたようです。
彼と別れてからというもの、ぐんと前向きな言動が増えました!
お母さんも「こんな日が来るとは!」と大変喜んでおられます。
それも当然、ユリさんは「今まで私は何をやってたんだろう」と言って活発に行動するようになりました。たまに不安になることがあっても、ダンスやランニングなど身体を動かすことでモヤモヤに上手く対処しているようです。リストカットという手段を取らずに、少しずつ自分の気持ちをコントロールできるようになってきました。
「彼と別れてスッキリした」「復讐したいと思うけど、一番の復讐は幸せになること」 と発言するユリさん。 思考がポジティブになってきて、人生が良い方向に向いてきたようです。
カウンセラーからの警告
このように、お子さんの状況が良い方向に進んでいるのは、身近な親御さんにとって非常に嬉しいことです。子どもの成長は、自分の努力や工夫の成果を実感できる目印でもあり、子どもへの対応に自信を持たれる親御さんもいらっしゃるでしょう。
しかし、油断は禁物です。リストカットなどの自傷行為は止まったように思えても、一時的なものであって、また繰り返される可能性があるのです。
カウンセラーはお母さんに「まだリストカットをする可能性はあります。油断せずにいきましょう。」とお伝えし、再度ユリさんへの対応のアドバイスを続けます。
臨床心理士・福田俊介のコメント④ DV彼氏との別れを自ら決断したユリさん
お母さんが何度も別れを説得しても、DV彼氏と別れられなかったユリさん。やっと自ら別れを決断できましたが、一体なぜでしょうか。
ユリさんはお母さんとの会話を通して、々に自分の気持ちを表現する場を増やし、その力を身につけていきました。さらには、自発的な行動が増え、自分に自信を持てるようになってきたのでしょう。以前は、彼と別れて孤独になることを極端に恐れていましたが、もう自分の力で自分を大事にできるように成長しました。
カウンセリング4ヵ月後|リストカットともDV彼氏ともおさらば!理由のないしんどさが無くなった
カウンセリング開始から4ヵ月が経ち、現在のユリさんにリストカットをしている気配は全くありません。
他にも、ユリさんから理由のないしんどさが無くなり、生活がさらに色づいていきます。
勤務先での交友関係も深まり、相談や一緒にお出かけができる友人が増えました。
「これから思いっきり楽しく生きてやろうと思う」と、発言にも前向きな姿勢が現れています。
こんなこともありました。
ユリさんが部屋の掃除をしたときに、別れたDV彼氏の写真や思い出の品々が出てきましたが、「見てこれ、変なの〜。」と笑いながら処分することができました。
彼のことなんか、もう完全に吹っ切れています。
強引に別れさせても復縁を繰り返していたユリさんに、彼との絶縁を諦めかけていたお母さんですが、「今回は本当に別れられたんだ」とようやく心の底から安心できたようです。
カウンセリング終結|リストカットを克服したユリさんの成長と親後さんの心境
ここまで、リストカットを乗り越えたユリさんの事例をご覧いただきました。
ご本人抜きのわずか4ヵ月のカウンセリングにより、ユリさんはDV彼氏との別れを決断し、リストカットも止まりました。気分が落ち込むことはあっても、リストカットという手段を取らずに気持ちをコントロールできるように成長しました。
お母さんがユリさんに合った接し方を心がけた結果、ユリさんは気持ちの上手な表現方法や、自発的に行動できる力を養うことができ、さらには問題解決にまで至りました。
日常の小さな幸せを取り戻されたお母さん
娘のリストカット、そしてDV彼氏との交際に、カウンセリング当初、親御さんは絶望と不安を抱えた日々を過ごされていました。
ユリさんの成長と前向きな言動は、そんな親御さんの心境にも変化をもたらしました。
お母さん「お天気が良いと嬉しいし、猫が前よりも可愛く思えます。そういう小さな幸せを感じられるようになりました。」
「まだ安心できないですね。」ともおっしゃるお母さんに、今後も気を緩めることなくユリさんに向き合う意志を感じました。カウンセラーはこのお母さんならきっと大丈夫だろうと思いました。
カウンセリングは終結となりましたが、ユリさんとその周囲の大切な方々が、幸せな日々をお過ごしになられますように。
臨床心理士・福田俊介のコメント⑤ 4ヵ月で解決した理由
このケースは、わずか4ヵ月という短期間で問題が解決し、カウンセリングが終結しました。短期間で解決したのは、ユリさんの口数が比較的多かったことと、カウンセラーのアドバイスをお母さんが身につけられるのが早かったことが関係しているといえます。
お子さんの性格や親御さんの対応により、問題が解決に至るまでの時間は、非常に個人差があります。
*この記事は、当センターにご相談に来られたケースを基に書いておりますが、個人が特定されないように配慮しております。
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