3.「明るい自分演じるの、めちゃしんどい」と気がついた(真希17才 高2)

きのうの夜、またはさみで手首を傷つけて

「なんで切るの、なんでこんなことするの?」と、母親は涙ぐみながら真希に聞きました。パニック状態の母親にくらべると、真希はしらっとした感じです。「なんもそんなに深く切ってへんやん。大騒ぎせんといて」と、他人ごとのような言い方です。でもこんなあぶなっかしい日が一月以上も続いており、切る道具も剃刀だけでなくはさみや、カッターナイフと手当たりしだいに使うようになってきました。

「ま、とりあえずキズの手当しとこか」と、母親は赤チンをぬって滅菌ガーゼをあて包帯をまいておきました。「あ、もうそんなにまかんでもええ。ちょっとした切り傷やから」と、真希は母親をとめます。「なにゆうてんの、バイキンが入ったらどないすんの。しっかり包帯まいとかないと、物あたったとき痛いやないか」。キズの手当をめぐっても母と娘の小さなこぜりあいが続きます。

「じっくり話をきいて・・親にアドバイスを」が決め手に

「リストカット(自傷行為)のカウンセリングをしてくれる所はないんやろか」と、母親は本気でさがしはじめました。「救急車ではこばれて、10針もぬった・・」といった恐ろしい光景が頭をよぎります。心配でたまらない母親は、真希が小さいころから診てもらっている内科のお医者さんに相談しました。「なるほど、お母さんにどうしたらいいかのアドバイスをくれる所ですか。それなら淀屋橋心理療法センターに行ってみられたら。じっくり話を聞いてくれますし、親にもアドバイスをだしてくれる所だと聞いています」。「え、親にアドバイスを出してくれるんですか。それはありがたいですね」と、暗かった母親の表情がパッと明るくなりました。「よし、ここへ行ってみよう!」と、母親は重苦しい気持ちが急に軽くなったように感じました。

「かってに手が動いて切ってしまうねん」

「さて、どんなごようすですか。どんなことからでもお話しください」とカウンセラーは、母親と真希に静かに語りかけます。以下はカウンセリング相談の様子を抜粋してみました。

母親:先生、なんでこんなことするんでしょうか。手首を切るやなんて。

カウンセラー:理由はその子によっていろいろあるようです。『血をみたらホッとする』とか『自分に罰を与えるために切るんや』という子もいます。真希さんはどうですか?

母親:わたしら親を困らせるためにしてるとしか思えません。

カウンセラー:まあまあ、真希さんの話しをお聞きしましょう。

真希:理由?理由なんてなんもないよ。気分がズズズーッって落ち込んでいって、限界に達したら「ワッー」ってわけわからんようになって。気がついたら、ハサミ、手にもってるんやもん。

カウンセラー:そうですか。わけわからんようになって・・ですか。痛くはないですか?

真希:かってに手が動いてしまって、自分ではなにしてるかわからへん・・・。

母親:小さいころから明るくて面白い子やったのに、なんでこんなことする子になってしもたんやろ。

カウンセラー:お母さん、ちょっと真希さんのお話に耳をかたむけましょうか。まずは何をいおうとしておられるか、聞いてあげることが大事なんですよ。

「真希が話し出すと、横から母親がさえぎってしゃべりだす」というようすが何回がみられました。カウンセリングの場でさえこうなんだから、家庭ではもっとひんぱんにでてきているかもしれません。この当たりから母親と娘の関係をみていく必要があるかもしれない」と、カウンセラーは思いました。そのあと母親だけの個別面接をもって、対応のアドバイスを話しました。

「泣けたんです。夜にオイオイと泣けたんです」

カウンセリングがスタートして三ヶ月がたちました。「もううるさいな。ほっといて」といった投げやりなものの言い方をしていた真希のようすが少しづつかわってきて、今では自分の心の動きについてじっくりと語るようになってきました。母親も「朝起きもこのごろでは、きちんと自分で起きてくるんですよ」と、うれしそうに話します。朝、真希の部屋をのぞくのが恐かったと母親は言います。「血のついたティシューがちらばってたりして。あーあ、またやったのか」って。それが、さいきんはリストカット(自傷行為)もほとんどしなくなったそうです。

「ずいぶん早い良い変化がでてきましたね。なんか思い当たることでもありますか?」と、カウンセラーが聞くと真希はつぎのように話し出しました。「なんでかわからないけど、夜に一人でオイオイ泣いてたんですよ。感情がこみあげてきて、悲しくて。『えー、私泣いてるやん』って、びっくりしました。それから感情が戻ってきたみたいで」。真希が泣いたというのは驚きです。「あんた、また切ったん。なんでこんなことするの!」と、お母さんがヒステリックに叫んでいても、平気な顔して流れる血を見ていた真希なのに。

「そうですか。オイオイ泣けましたか。それは驚きですね。でもとても大事なことなんですよ。リストカットをする人が、自分の感情を確認できるようになるのは大進歩です。しかし気をつけないといけないのは、感情が戻るに連れて激しくなることもありますので」とこれからの対応について、カウンセラーは細かにアドバイスをだしておきました。

「歩くなやみ相談室」なんか、もう終わりや

真希がさらに一段とかわってきました。「お母さん、私こんな服きらいや。ピンクきらいやって言ってるやろ」とか、「なにこのお肉、かたいなー。安もんちがうか」とか、母親に文句を言うようになりました。言い方にも迫力がでてきています。母親もいつのまにかしっかりと聞き役にまわっています。

クラスで「いつも明るい真希ちゃん。悩みなんかないみたいやね」と、言われていました。だから「ね、真希、私の話しきいてくれへん」と、よく話しかけられていました。真希はそんな様子を次のように語りだしました。「みんなの『歩くなやみ相談室』みたいに言われて。『ほんまに真希はたのもしいな。なんでも相談できる』と、笑顔で言われると断れなくなってしまって。慕ってくれてたし、信頼されてたし。『もいういやや。しんどいから悩みなんかようきかん』って心では叫んでるのに、口では「え、どないしたん。ゆうてみ」って言ってしまって。

それがこのごろでは、きっぱりとはっきりと「私、ほんとうは自分の悩みでいっぱいなんよ。だからあなたの悩み相談にはのれへんの。ごめんね」と、言えるようになりました。それからだんだんと真希は変わり始めました。

「すきな歌手の歌きいてると、気持ちがフニャーとほぐれます」

カウンセリングをスタートして、一年近くがたちました。青白い顔をしてどこか緊張した感じがあった真希ですが、今はみちがえるように明るくなっています。「ZARDの泉さんの声って大好き。勉強で疲れててもフニャーッてほぐれます」と、言ったりしています。彼女が階段からおちて亡くなったニュースを聞いた時なんか、一晩泣き明かしたそうです。「あんなに泣いた真希を見るのははじめてです。変わったなーと思います」と、母親も言っていました。

思いっきり泣いて、また立ちあがって、忘れたようにユーミンの音楽をかけたり、切り替えもずいぶん早くなってきたようです。リストカット(自傷行為)は、いつのまにかしなくなって、もう半年近くがたっています。

症状を克服、良くなった姿

2019.04.17  著者:《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》福田俊一

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

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